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2013年8月20日 (火)

只見川

 会津を流れる代表的な河川の一つに、「只見川」という大河があります。

 尾瀬沼に源を発し、新潟県と福島県との県境に沿って北上し、只見町、金山町、三島町などを経て、喜多方市の山都町で阿賀川と合流し、新潟県に入ると阿賀野川と名前を変えて日本海に注ぎます。

 

 会津の、それも新潟県に近い奥会津で生まれ育った私にとって、只見川はとても身近で親しみのある川で、私の村の中央を南北に流れる野尻川も只見川の支流の一つで、隣町の金山町で只見川に注ぎ込みます。

 それはともかくとして、只見川の流域は越後山脈を背景に、会津でも屈指の豪雪地帯でもあることから、水量が豊富で、「とうとうと流れる大きな川」というイメージが、私が子どもの頃から抱いている只見川の姿です。

 

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しかし、この夏に目にした只見川は、いつものソレとは大きく様変わりしていまして、写真のようにいつもなら川面に隠れて見えないはずの岸辺とか河原とかが露わになっていまして、なんというか、非常に情けない川になっているではありませんか・・・ (^_^;

 

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 【2009年10月31日撮影】     【2013年8月18日撮影】

 

 これが、満面に水を湛えているかつての只見川の姿と、今現在の只見川の姿とを撮った写真で、左側が2009年の10月31日に、右側は今月の18日に撮ったもので、対岸に見えるのは、JR只見線の会津川口駅です。

 

 いくら昔なじみの川とはいえ、普段は栃木県の塩原方面から村に入るのが帰省時の主なルートで、村から東側の山を越えて会津若松市方面へ向かうことはあっても、村の北側にある隣町の金山町まで足を伸ばすことはほとんどありませんから、只見川がこんな状況になっているということは全く存じませんでした。

 今回も、たまたま隣町の特養に父が入所したので、足を運ぶ機会があっただけのハナシで、そうでなければずっと知らないままだったろうと思います。

 かつて、高速道路が千円乗り放題だった頃は、せっかくだからと常磐道経由で帰省したこともありましたから、只見川を見る機会もあったんですが、割引が終了してからはもっぱら下道で帰省しているので、只見川の周辺には近づいたことがありませんでした。

 

 で、事情を知らない私が思った事は、この暑さと干ばつで川が干上がってしまったのかと・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 そこで、地元の人に「最近は雨が降らないんですか?」と訊いてみたところ、そうではなくて、2年前の集中豪雨以降、ずっとこんな感じなんだと教えてくれました (^^;

 

 どういう事かというと、豊富な水量と大きな落差を誇る只見川は、戦後に発電を目的にしたダムがいくつも建設され、主だったダムだけでも10基もあって、「ダム銀座」などというあまり有り難くない名称まで頂いている水力発電のメッカです。

 その只見川沿いに建設された一連のダムが、東日本大震災から4カ月後の、2011年7月末に襲った「新潟・福島豪雨」で大きなダメージを受け、以来、ダムの水門を開けっぱなしにして川の水を全て下流に流しているために、水位が上がらず、今のような川の姿になってしまったというのです。

 

 《 本名ダム 》

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 【上流側】           【下流側】

 

 チョッと信じられないハナシを聞き、とりあえず一番近くに在る「本名(ほんな)ダム」に行って、どんな様子なのかを確認してみることにしました。

 本名ダムの右半分には、発電用の施設が造られていますが、そちら側の水門は全て閉じられており、逆に左半分の放水用の水門は4つ全て全開で、川の水が勢いよく流れ落ちていました。

 

 

 只見川に作られたダム10基のうち、最上流部に建設された奥只見ダムと田子倉ダムだけは、他のダムと比べても一際巨大なダムなので、流入してくる川の水を一時的に溜めておく事も可能になっていますが、他の8基のダムは規模からいってもそういう洪水調整機能はなく、流れてきた川の水は、単に下流に放水することしかできません。

 もともと、発電専用に造られたダムなので、発電用のタービンを回すために取り込む水以外は、全て水門から放水するように造られているわけです。

 しかし、2年前の集中豪雨の際には、奥只見ダムも田子倉ダムも、貯水量を大きく超える濁流が押し寄せ、やむを得ず貯水量を超える水を順次下流に向けて吐き出し、その膨大な量の水が鉄砲水となって只見川を下り、下流に設けられたダムを次々に襲ったというわけです・・・

 下流のダムでは、全ての水門を開けて濁流を放水して対応したようですが、その際に発電用のタービンが想定外の水量で壊れ、今もほとんどのダムで復旧が叶わずに発電ができないままになっているそうです (__;)

 

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 本名ダムからの帰り道、私は集中豪雨の爪痕をまざまざと思い知らされる光景を目にし、車を停めて写真に収めてきました。

 それが上の写真なんですが、あろう事か、JR只見線の鉄橋がご覧のように流されて寸断されていました。

 

 この路線は、会津若松と新潟県の小出とを結ぶ、地元では重要な生活路線であり、沿線の住民にとっては東京などへ向かう際の大切な足でもあります。
 それなのに、件の集中豪雨でこの橋を含め三つもの鉄橋が流され、今現在も会津川口駅と只見駅間は不通となっており、バスによる代行運転が続いているという・・・

 私もそうでしたが、この沿線に住む奥会津の住民たちは、関東へ出る際に只見線で会津若松に向かい、そこから郡山に出て東北新幹線に乗るというようなノーマルルートはハナからアタマにありません。

 どうするかというと、只見線で会津若松とは逆方向になる新潟県の小出に向かい、そこから上越線と上越新幹線で関東に向かうというルートを選択するのが一般的です。
 その方が移動距離も少なく、便もよくて楽だからです。

 

 災害当初は100キロ以上も不通区間があったといいますが、徐々に復旧し、現在も不通になっているのは、会津川口-只見間の27.6キロだけとはいいますが、災害から2年が過ぎてもこの状況という事は、もともと赤字路線という事もあって、JR側は会津川口駅から只見間の只見線を切り捨てようと考えているのではないかと疑いたくなります。

 先に述べたように、只見町周辺の住民は、会津若松に出ようというよりも、小出に出た方が便利と考える人が多いと思いますし、会津川口駅以東の住民ほど会津若松志向も強くないだろうと思いますので、不通区間は現状の代行バスでも、とりあえずは間に合うのかなと・・・ (^^;

 

 いずれにしても、故郷がこんなひどい状況になっていることも知らないでいたなんて、恥ずかしくてなりません・・・ (__;)

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