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2014年2月 2日 (日)

群盲評象

 「群盲象を評す」ということばがあります。

 数人の盲人が、「象」という見知らぬ動物の前に連れてこられ、それぞれに象の一部を触って、象とはこんな動物だと語る・・・ というインドの寓話です。

 足を触った盲人は「柱のようです」と答え、尾を触った盲人は「綱のようです」と答えた。
 また、鼻を触った盲人は「木の枝のようです」と答え、耳を触った盲人は「扇のようです」と答え、さらに、腹を触った盲人は「壁のようです」などと答えたというもの。

 全体を見るでなく、一部分だけで物事を評すると、誤った結論に至ってしまうことを教えているわけですが、そのことばを連想するようなコトを最近体験しまして・・・ (^_^;

 

 20140201001

 

 この冬に始まった日本テレビ系の「明日、ママがいない」に対し、各方面から「養護施設の子供や職員への誤解や偏見を与え、人権侵害だ」として放送中止を申し入れる声が上がり、全スポンサーがCMの放送を取り止めるという異常な事態に発展した。

 

 まぁ、クレームを付けたくなる気持ちもわからないでもないけど、ふざけるなよ!と ・・・

 タカが連続ドラマの1話や2話を見たくらいで、ドラマそのものを評価するんじゃないよ q(`o')ブー!!

 

 アンタ方がドラマにクレームを付けたくなる思いがあるように、制作側にだって、ドラマに対する思い入れや伝えたいメッセージはあるんじゃないのか。

 それを、一方的な価値観でクレームを付け、放送中止を求めるというのは、絶対に行きすぎだと思うし、あってはならない事だと私は思う。

 ことばを変えれば、「番組を打ちきりにしなければテレビ局を爆破するぞ」と言っているのと根本的には変らないわけですから、ことばによるテロだと私は思うし、テレビ局に対する威力業務妨害だと思えなくもない。

 この日本で、こんな理不尽なコトが許されていいんだろうか・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 ドラマに限らず、どんな番組を作ったとしても、文句を言ってくる人は必ずいるだろうし、私なんかもそういう人間の一人だと自負していますが、だからといって、公の場で、声を大にしてソレを言ったりはしない。
 一応はオトナだから ・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 第一、そういう、ワケのわからない声にいちいち右往左往していては、骨太な番組なんて作れないんじゃないのか。

 映画だって音楽だって絵画だって、見る人や聞く人にいちいち媚びを売っていては、本当の意味で良い作品なんて作れないんじゃないかと私は思う。

 そうではなくて、誰がナンと言おうと、我が道を行くという信念が、芸術に携わる人には大切なのだと思わないか。

 

 だいたい、こういうドラマの常として、最初のうちは憎々しく見える人物が、回を重ねていくうちに、だんだんと変っていくというのはよくあるハナシで、三上博史演じる施設長も、回を重ねていくにつれ、言動が変っていくのだろうというのは容易に想像がつきます(苦笑)

 第一、連ドラの初回などは視聴者の心を掴んで数字を取るためにも、必要以上に過激な演出が行なわれる事はよくあることです。

 タカがドラマじゃないですか。

 作り話にホンキで怒ってどうするのよ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 

 刹那的に評価を下すというのではなく、もっと長~い目で、大局的に判断を下せないものだろうかと思う次第です。

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コメント

 ゆくゆくは、現在、クレームを付けている側が、逆にバッシィングを受けるのはほぼ間違いないでしょうね。

 反動は目に見えています(苦笑)。

投稿: ナンカイ | 2014年2月 2日 (日) 15:50

 ナンカイさん、どうもです (^_^)/

 バッシングを受けるかどうかはともかくとして、最近、大きな声を出した方が勝ちみたいな風潮があるのはいかがなものかと・・・ (ノ_-;)ハア…
 そういうクレーマーに対して及び腰というか、弱腰の対応しかできない企業側にも大いに問題があると思っています。

投稿: 夢ピ | 2014年2月 2日 (日) 19:13

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