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2015年11月 1日 (日)

大島花子

 先日、ラジオで大島花子の歌う「親父」という作品を聴いた・・・

 

 

 

 おそらく、大島花子と言われてもピンと来ない人が少なくないんじゃないかと思います。

 いや、もしかしたら知らないのは私だけで、世間的にはけっこう有名な芸能人なのかもしれませんが、少なくても私自身は今回初めてその名前を聞いたように思います (^^ゞ

 まぁ、私が芸能事情に疎いのは今に始まったことではないので、どこかで耳にしたことがあるのかもしれませんが、ハッキリと聞いたという記憶は無いので、おそらくは初めてなんだろうと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 でも、坂本九の名前なら、日本人なら知らない人はいないんじゃないだろうか。

 

 大島花子は、国民的歌手だった坂本九の長女なんですが、坂本九が日航ジャンボ機墜落事故で亡くなってからでさえすでに30年経つわけですから、その子供といっても40才を若干超えた妙齢の女性です。
 40代の女性に対して「妙齢」ということばが相応しいかどうかはこの際置いとくとして、娘さんも歌手をしていた事は知りませんでした (^^ゞ

 坂本九が亡くなった時、長女の花子さんはまだ11才・・・
 しかも、父親は有名人でしたから、おそらく親子としての触れあいも思い出も、一般の親子と比べれば少なかったんじゃないかと思われるのですが、父を偲び、父が自ら作詞作曲をした「親父」という作品をカバーして歌う・・・

 大島花子の歌を聴いているうちに、なんとなくしみじみとしてきて、目頭が熱くなってしまうのは私だけなんでしょうか・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 それはともかくとして、私は中学を卒業すると高校に通うために下宿をして実家を離れましたから、父と一緒にお酒を飲んだ経験はありません (^^ゞ

 ただ、お正月などの祝いの席では多少なりとも酌み交わしたことがありますが、それは乾杯と同じで、形だけの祝い酒ですから、一般にいうところの「お酒」とは意味合いが違うので、一緒にお酒を飲んだという事にはならないんじゃないかと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 高校を卒業し、単身上京してからは、実家は距離的にも精神的にも遠くなってしまったので、両親と顔を合せる機会も減り、しみじみとお酒を飲むようなこともありませんでした (^^;

 私が折に触れ、実家に帰省するようになったのは30才を超えてからのことで、その頃には親父の年齢も還暦間近という事でかなり老け込んでおり、若い頃のような体力も晩酌の量もすでに無く、ホンの申し訳程度にしか口にすることはなかったので、一緒に食卓を囲んで晩酌をしていても、差しつ差されつという事はありませんでした (^^ゞ

 ですから、こういう歌を聴くと、親父と一緒に酒を飲んで酔っぱらってみたかったなぁと思います・・・ (__;)

 

 そういえば、私が昔から好きだった歌の中に「野風増」というのがありまして、『お前が20才になったら 酒場で二人で飲みたいものだ』という歌詞に無性に憧れたものです。

 残念ながら私には子供がいないので、息子とも親父とも、そういう機会を得ることはついに出来ませんでしたが・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 大島花子の歌う「親父」・・・

 冒頭に、動画として貼り付けてみたので、よかったらお聞きになってみて下さい ( ^-^)/ ♪

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コメント

私も父と酒を飲んだのは、正月とお盆の帰省時のみですが、もう父も年で、せいぜいコップに一杯の日本酒を時間をかけて飲むだけになりました。
少しさみしい気がしますが、それでもまだ一緒の食卓で同じように飲んでくれると嬉しくなります。
今は帰省するのはお盆だけですが、毎年これが最後かも、と思いつつ父の一杯に付き合います。

私の夢も、私がよく行った飲み屋で仕事帰りの我が息子と落ち合って飲むことです。(笑)

投稿: メイの家 | 2015年11月 1日 (日) 17:59

 メイさん、どうもです (^_^)/

 いいなぁ、息子さんと居酒屋で一杯ですか (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 とても羨ましく思います・・・ (*^.-^*)♪

投稿: 夢ピ | 2015年11月 1日 (日) 19:35

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