2010年1月 3日 (日)

初夢

 新年を迎えて最初に見る夢のことを「初夢」といいますが、それでは「初夢」とはいったいいつみる夢のことなんだろう・・・ (?。?)

 

 これには諸説あって、「大晦日から元日」「元日から2日」「2日から3日」の三つの説があります (^^;

 

 時系列からいえば、「大晦日の夜から元日の朝」にかけて見る夢が、その年で一番初めに見る夢ということになると思うんですが、大晦日の夜は、初詣や初日の出を見るために眠らないで外出している人も多いので、必ずしも寝ている人ばかりではないという事から、江戸時代には「元日から2日」にかけて見る夢が初夢という説が現れたといいます。

 私も、個人的には「元日の夜から2日の朝」にかけて見る夢が、その年で最初に見る夢だと思う一人なので、初夢は「元日から2日」を支持しています (^_^ゞポリポリ

 

 ところが、どういう理由からなのか、「2日から3日」にかけて見る夢が初夢だとする説が現在では主流のようで、私はアタマを抱えてしまいます(笑い)

 おそらく、初売りが2日というように、物事を始めることが2日からという事が多いために、こんなワケのわからない説がポピュラーになっていったんでしょうが、やはり、説得力には欠けると私は思います。

 

 という事で、夢なんて必ずしも毎晩見るものでもない(一説には、見ているのを覚えていないだけともいわれています)わけですから、三日の夜でも、あるいは五日や十日の夜であったとしても、その年の最初に見た夢が「初夢」という事でいいと思うんですがねぇ(笑い)

 そうでないと、「元日から2日」であるにせよ、「2日から3日」であるにせよ、その夜に夢を見なかったらその年は初夢は無かったという事になるんでしょうか?
 あるいは、夜勤の人なんかは、夜に寝ているわけにはいかないわけですから、そういう人たちにとっては初夢は無いという事にもなりませんかね (^_^ゞポリポリ

 

20100103001  ところで、「初夢」というと「一富士、二鷹、三茄子」という、ことわざというか言い伝えというか、昔から縁起が良いものを順に並べたものとしてそういうことばが残っています。

 

 一の「富士」は、なんとなくわかるような気がします。
 日本一の山という事で、昔から崇め、讃えられてきた霊峰富士、それにあやかろうという事だろうと思いますが、他にも、「富士」は「無事」にかけているともいわれています。

 

 二の「鷹」は、賢くて強い鳥の代表であり、空を「高く」飛ぶことにかけているといわれています。

 

 三の「なすび」は、親の意見と茄子の花は・・・などともいわれるように、たくさんの花が無駄なく実を付ける事から、子孫繁栄みたいな意味が込められているのだろうと私は思っています。
 単に、事を「成す」なんていう掛けことばだけということはないはずだからです。

 

 ところで、このことばには「四」以降も存在しており、いくつかあるようですが、一番ポピュラーなのは「四扇、五煙草、六座頭」というものです。

 

 四扇(しおうぎ)というのは、扇は末広がりで縁起が良いというもの。

 五煙草(ごたばこ)は、タバコの煙は上に上っていくので、運気が上昇するというもの。

 六座頭(ろくざとう)は、座頭市なんていう映画もありましたが、昔、頭を丸めた盲目の按摩師のことを座頭と呼んでいた事に由来するもので、頭に毛がないことから「怪我ない」に通じるというものです。

 ただ、この「一富士、二鷹、三茄子」「四扇、五煙草、六座頭」というのは、それぞれ独立して一番から六番まで序列をつけたものではなくて、「富士扇」「鷹煙草」「茄子座頭」というのはそれぞれ対になっており、富士と扇は外見から「末広がり」、鷹と煙草は空に高く昇っていくことから「運気上昇」、茄子と座頭は表面に毛が無いので「家内安全」を願うものだとされています (^^)v

 余談ですが、四扇は、「よんせん」と読むことも多いようですが、「いち、に、さん」と順に数えてきたら、次は「し、ご、ろく」と言うのが一般的であり、わざわざ「よん、ご、ろく」とは普通は言わないと思います(笑い)
 確かに、「四」や「七」は、「よん」とか「なな」という事も多く、現在においてはその方が多数派だとは思いますが、それは「四番」とか「7位」などのように、数字を単独で用いる場合に限定するべきであり、順に数を数える場合には、少なくても一桁に限っては「四はし」、「七はしち」と言うのが自然だと私は思います。

 したがって、私は「四扇」は「しおうぎ」と読むべきであり、「よんせん」ではおかしいんじゃないかと思っています。第一、語呂も良くないし(笑い)

 

 さて、皆さんはこのお正月にどんな初夢を見ましたか? ( ^-^)/ ♪

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2009年12月25日 (金)

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 江戸のいろはかるたに、「月夜に釜を抜かれる」ということわざというか、文句があります (^^;

 

 別に、月明かりの下で男性のお尻と仲良くなる・・・というような意味ではないのですが、ムリヤリにでもそういう方向に解釈しようとする方も中にはいらっしゃいまして、ここでいうところの「月夜」とは、女性が月のものを迎えた夜という意味であり、奥さんと夜の営みができないので、仕方なく男性との間で一発抜いたという意味なんだとおっしゃる方も居たりして・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 また、江戸でいろはかるたが作られた時分には、自動車はまだありませんから、月夜にドライブしていて追突してしまったとかいう意味でも、もちろんありません(笑い)

 

 それでは、このアヤシイことわざにはどんな意味があるのかというと、この当時、「お釜」というのはとても貴重なモノであり、どこの家庭でも大切に扱われていました。

 しかし、月が明るい夜であるのにも関わらず、かまどから大事なお釜を盗まれてしまうなんて、油断するのにもほどがあるという戒めとして、「月夜に釜を抜かれる」といわれるようになったそうです。

 簡単にいうと、「油断大敵」みたいな意味になるのでしょうか・・・ (^_^ゞポリポリ

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2009年12月20日 (日)

割れ鍋に綴じ蓋

 「割れ鍋に綴じ蓋」ということばがあります。皆さんもどこかで耳になさったことがあるかと思いますが、その意味はとなるといかがでしょう(笑い)

 

 直訳ですと、たとえ壊れた鍋であったとしても、それにピッタリと合う蓋を繕って用意することは可能だということで、これを意訳すると、どんな人であったとしても、どこかにお似合いの相手が必ず居るということであり、ひと言でいえば「似たもの同士」という意味になるのでしょうか (^_^ゞポリポリ

 

 私なんか、典型的な「割れ鍋」であり、私のように欠点だらけでクセのある人間も少ないんじゃないかと個人的に思っています (^.^; ポリポリ

 そんな私ですから、少なくても結婚生活が破綻し、バツイチになってからは、こんな私に好意を寄せてくれるような女性がいるとはとても思えませんでした (^^;

 

 しかし・・・

 世の中には本当に「綴じ蓋」って存在するんですね (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 だからって、決してお似合いだなどと思っているわけではありません。
 私には、もったいないほどの女性ですから・・・ (///ω///) ♪

 

 あ、「とじ蓋」は「閉じ蓋」ではありません。
 修繕した蓋のことですから、「綴じ蓋」と書くのが正解です (^^)v

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2009年12月 4日 (金)

バックミラー

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 これは、カナダの英文学者だったマクルーハンのことばです。

 

 人は、日々の人生を歩むにあたって、必ずしも前を向いて歩いているわけではありません。
 過去にあったあれこれを、思い出として、あるいは悔いの残る後悔の念として、いつまでも引きずっていたりする事も往々にしてあったりするからです。

 あの時代はよかったとか、なぜあの時にあんな事をしてしまったんだろうとか、そういう事を思った事は誰にでもあると思います。
 しかし、過去に戻ることはできないわけですから、そういう事を考えても今更どうしようもないわけで・・・

 そういった過去の出来事は、体験や経験として今後の人生に生かすのならともかく、いつまでも引きずるべきではありません。
 第一、それでは前に進むことはかなわないでしょう。

 

 車を運転する際には、前をよく見ることはもちろんのことですが、時々バックミラーやサイドミラーなどを見て、車の前後の状況を把握することも、安全運転をする上ではとても大切なことです。
 私も、運送屋の端くれですから、その辺りのことはよくわかっているつもりです。

 

20091202001_2  前ばかり見て運転していると、この写真の車のように、大きなポカを犯してしまいます。大きな荷物を積んでいてやむを得ないのならともかく、そういうふうでもありませんから、おそらくうっかりしてトランクを閉じるのを忘れたまま走り出してしまったんでしょうが、バックミラーを覗きさえすれば開けっ放しであることはわかりそうなものですから、このドライバーは後ろを振り返ることは一切していないのだろうと思います (^^;

 こういう、前ばかり見て運転する猪突猛進型のドライバーが路上を走っていることは、とても恐ろしいことではありますが、これだけたくさんの車が路上に溢れ、その一台一台にドライバーが乗っていることを考えれば、中にはそういう未熟な輩が存在するのもある程度やむを得ない事なんでしょうね・・・ (ノ_-;)ハア…

 

 翻って、人生も車を運転するのと同じで、前をしっかりと見て歩を進めることが何よりも肝心で、道を誤らない最善の方法です。

 しかし、マクルーハンのことばにもあるように、人は意外と後ろばかり気にして生きているもののようです・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 前に進むのに、バックミラーばかり見ていては、そのうち事故を起こしてしまうでしょう・・・
 バックミラーも確かに大切なものではありますが、やはり前に進むためには前を見るということが基本なのだと思います(笑い)

 

 一番いけないのが、冒頭に挙げた「前を見ているつもりで、バックミラーばかり見ている」というものでしょうか (^◇^) 。。。ケラケラ

 少なくても、前を向いている時には、しっかり前を見るようにしましょうよ ( ^-^)/ ♪
 その上で、時々はバックミラーも忘れずに見て、自分自身を見つめ直しましょう (^^)v

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2009年11月10日 (火)

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 これは、エチオピアのマラソン選手であるアベベ・ビキラが、1960年のローマオリンピックで優勝した祭に語った言葉とされています。
 1964年に行なわれた東京オリンピックで優勝した時に語った言葉だともいわれていますが・・・ (^^ゞ

 

 東京オリンピックを知っている私らの世代には、絶大なヒーローだったアベベ・・・

 彼は、ローマ五輪の祭に裸足でマラソンに参加して、当時の世界記録を塗り替えて優勝したために「裸足の王者」とか「裸足の英雄」などとマスコミから呼ばれていました。
 当時は、アフリカの選手という事で、貧しくてマラソンシューズを買えなかったんだろうというような憶測も流れましたが、彼は軍人であり、階級も軍曹でしたから、お金に困っているわけではなく、当然靴を履いて走っていました(苦笑)
 しかし、ローマに入った時に、履いていた靴が偶然壊れてしまい、現地で靴を買い求めようと探したそうですが、自分に合う靴を見つけることができなかったために、やむを得ず裸足で参加したというのが真相だったようです。

 余談ですが、その翌年、つまり東京五輪の3年前になりますが、大阪で行なわれた毎日マラソンに参加するためにアベベが来日した際、鬼塚タイガー(現アシックス)の鬼塚社長がアベベの元を訪れ、裸足のように軽いシューズを提供するからぜひ履いてくれと説得し、アベベはオニツカ製のシューズを履いて参加、優勝したそうです。
 その後も鬼塚社長はアベベの元にシューズを送り続けたそうですが、東京五輪の祭にはプーマのシューズを履いて優勝し、そのことを後日聞いた鬼塚社長は苦笑いしたそうです(笑い)

 

 翻って、冒頭の「敵」ですが、スポーツに限らず「ライバル」と呼ばれる存在はどこの世界にもいて、よくインタビューなんかでも「尊敬する(目標とする)人は誰ですか?」とか「ライバルは誰ですか?」みたいな質問をしているのを見聞きすることがあります。

 好敵手とも呼ばれる「ライバル」の存在は、自分自身を高めていくためにも必要だと私は考えています。
 「アイツには負けたくない」という気持ちは、やはり競技を続けていく上での大きなモチベーションになることは間違いないと思うからです。

 

 しかし、それ以上に「自分に負けない」、あるいは「自分に勝つ」というのは、かなり難しいというか、意識の上ではかなり高尚なものだと私は思っています。

 例えば、競技中に、精神的に、あるいは肉体的に、「もうダメだ・・・」と心が折れそうになった時、もう一度気持ちを奮い立たせて競技に向かっていく事がどれほどキツイ事か・・・

 あるいは、去年の記録を上回りたい、去年の記録には負けたくないというような思いは、誰でも自然と持っているものだと思います。それが競技を続けていく上での成長の証しであり、モチベーションになっている事も多いと思います。

 しかし、競技を続けていれば誰もがぶつかるであろう「記録の壁」が必ず存在します。

 かつて、棒高跳びの世界にブブカという「鳥人」と呼ばれた男子選手がいました。
 彼は、現役時代に35回も世界記録を更新しています。もちろん、他の選手の記録を抜いて世界記録を樹立したこともあったわけですが、そのほとんどは自分自身の記録を超えていったわけです。

 現在でいえば、イシンバエワが女子の棒高跳びの世界で27回世界記録を更新しています(笑い)
 彼女もまた、自分自身の持つ記録と戦っている一人でしょう。

 

 ブブカもそうだったように、どんなに頑張ってもその壁を越えられない時、あるいは肉体的な衰えとか年齢的な問題とかから、現在の記録を維持していくことさえ困難になってきた時、「自分自身」が最大の敵になってくるわけです。

 「自分自身」に負けてしまった時、アスリートは現役からの「引退」を考えるのかもしれません。
 あるいは、「競技者」としてではなく、「参加者」として、さらに長く競技を続けていこうという「分岐点」になるのかもしれません。

 「参加者」として、記録を狙うのではなく、競技そのものを純粋に楽しむ事もアスリートとしては忘れてはならないことだと私は思っています。その延長として、監督やコーチなどの「指導者」という道も場合によっては開けてくるわけで・・・

 

 アスリートに限ったことではなく、人が人として生きていく上で「自分に負けない」という事はとても大事なことであり、負けてしまった人の中には自ら命を絶ってしまうような人もいないわけではありません・・・ (^^;

 そう考えると、人生とは、毎日毎日が負けることの許されない「自分自身との戦い」なんですかね(苦笑)

 

 これは後日談になりますが、冒頭の言葉を残したアベベは、大会2連覇の後のメキシコ五輪にも出場しましたが、この時には残念ながら途中棄権をしています。
 その翌年、アベベは交通事故を起こして下半身不随となってしまいます・・・

 しかし、車椅子姿ではありましたが、メキシコの次のミュンヘン五輪で開会式にゲスト出演したり、事故からわずか4ヶ月後に開かれたパラリンピックではアーチェリーと車椅子レースの2種目に出場したり、さらに71年には、ノルウェーで行われた身障者スポーツ大会の犬ぞりレースで優勝も果たすなど、不自由な体ながらもスポーツに懸ける情熱が衰えることはなく、生涯スポーツに関わり続けようとしていました・・・

 残念ながら、ミュンヘン五輪の翌年に脳出血により41才という若さで亡くなりましたが、彼の残した「最強の敵は、自分自身だ」という言葉通り、生涯自分自身と戦い続けたアベベは、アスリートとしても、人間としても、やはり超一流の人物だったと私は思っています。

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2009年11月 1日 (日)

金字塔

 後世に永く残るような立派な業績や、偉大な作品や事業など、いつまでも値打ちのある大きな業績を例えて「金字塔」と言い、「金字塔を打ちたてる」などのような言い回しをする事があります。

 現代においては、日常会話の中で使われるようなことはほとんど無く、もっぱらスポーツ新聞などの記事の中で目にする程度でしょうか(笑い)

 

 さて、この「金字塔」ということばですが、もともとはあるモノを指して付けられた名前なんですが、何を指していたかというと・・・

 

 生前にりっぱな事を成し遂げて亡くなった故人に敬意を払い、金文字で彫られた、「大きな墓石」・・・・・・

 ・・・・・・のワケないか (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 

 実は、「金字塔」とはエジプトなどにある「ピラミッド」の事なんですよね。

 ピラミッドを横から見た時に、三角形に見えますが、この石を積み上げた形が「金」という文字に似ているところから「金の字の形をした巨大な建築物」という事で、「Pyramid」に対して「金字塔」という訳語が作られました。

 

20091031003_3 20091031002_3

 それが転じて、ピラミッドのように雄大かつ揺るぎもしない業績などを指して「金字塔」と言うようになりました (^^)v

 

 それにしても、日本語ってステキですねぇ o(*^▽^*)o~♪

 奥が深くて、知れば知るほど唸らされます (^^)v

 

 

 ・・・という事で、今朝は会津若松のホテルの4階で目が覚めました ( ^-^)/ ♪

 最近、お気に入りになって、もっぱらここばかり利用させてもらっている中町のフジグランドホテルです (^^)v

 帰省の様子などは、明日以降の記事の中でご紹介させて頂きます。
 チョッとした嬉しいハプニングもあったりしてとても楽しい帰省になりました(笑い)

 

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 これは、実家に向かう途中の只見線を走っていたSLです。思いがけず、イベント走行をやっているところに遭遇しましたので、せっかくですから写真に撮ってきました (^^)v

 

 今日は、もう一度実家に立ち寄って、東北道経由で帰宅する予定です・・・

 皆様方も、楽しい日曜日をお過ごしください ( ^-^)/ ♪

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2009年10月22日 (木)

顔訓13ヵ条

 連日、「顔」の話題で恐縮なのですが、昨日の「顔」という記事を書くにあたって、いろいろとネットを回っているうちに、「顔訓13ヵ条」というものを知りました。

 これは、日経新聞に連載されていた「顔のナゾ」というコラムの最終回で語られたもので、東京大学教授の原島博氏が2001年4月29日付けの紙面で発表したものだそうです。

 

 連載17回目を迎えた、この日の小見出しは「13ヵ条でいい顔になろう」というものでした。

 記事の内容は割愛しますが、お読みになりたい方は、こちらのサイトに書かれていますのでクリックしてみてください ( ^-^)/ ♪

 このコラムの中で挙げられていた13ヵ条ですが、以下のような内容になっています。

  《 顔訓13ヵ条 》

 1、自分の顔を好きになろう

 2、顔は見られることによって美しくなる

 3、顔はほめられることによって美しくなる

 4、人と違う顔の特徴は、自分の個性(チャームポイント)と思おう

 5、コンプレックスは自分が気にしなければ他人も気づかない

 6、眉間(みけん)にシワを寄せると、胃にもシワができる

 7、目と目の間を広げよう。そうすれば人生の視界も広がる

 8、口と歯をきれいにして、心おきなく笑おう

 9、左右対称の表情作りを心がけよう

 10、美しいシワと美しいハゲを人生の誇りとしよう

 11、人生の3分の1は眠り。寝る前にいい顔をしよう

 12、楽しい顔をしていると心も楽しくなる。人生も楽しくなる

 13、いい顔、悪い顔は人から人へ伝わる

 ・・・というものでした。

 いちいち、なるほどと思わされることばが並んでいます。

 

 この世の中には、たくさんの人が居るわけですが、自分の顔が好きだと思っている人は、はたしてどのくらいいるのだろう・・・ (^^;

 自慢じゃないですけど、私は自分の顔が嫌いというほどではありませんが、それほど好きなワケでもありません (^◇^) 。。。ケラケラ

 でも、自分の顔ですからねぇ、せめて私自身くらいは好きになってあげなくては、顔も立場がないと思いますし、第一、かわいそうですよね (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 正直なところ、ヒゲを生やした今の自分の顔は、これといって特徴のなかったかつての私の顔よりは、いくぶんマシになったようにも思ったりもしているのですが、他人からはどのように見えているのかは不明です(爆笑)

 

 ただ、51才になった私の顔には、私の歩んできた人生がどのように刻まれているのか・・・ (^.^; ポリポリ

 性格が尖っている分、顔くらいは丸くありたいと思っていますよ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

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2009年10月11日 (日)

食事

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 これは、ラジオかなんかで聞いて覚えたことばで、誰が言ったものなのか失念してしまいましたが、私はその通りだなと思っています。

 

 一流のレストランなんかに行って、一流の料理人の作ったものを食べて「美味しい」と思うのは、当たり前すぎておもしろくも何ともありません (^◇^) 。。。ケラケラ

 そうではなくて、どんな料理であったとしても「美味しく」食べる事ができたとしたら、これは凄いことだと思いませんか ( ^-^)/ ♪

 第一、そうそう美味しいものばかり口にする事なんて、どこかの金持ちか王様でもない限り無理でしょ (;^_^A アセアセ・・・

 

 三度三度の食事を、いつも美味しくいただく事ができるとすれば、どんなに幸せなことでしょう (^^)v

 もしかしたらそれは、大富豪の暮らしにも匹敵する、とても「贅沢」なことだと私は思いますよ。

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2009年9月26日 (土)

家訓

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 これは、たまたまBSでやっていた「舞台で見る昭和落語家伝」という番組の中の「三平物語」という芝居の中で、三平の自宅のセットの中に出てきた「家訓」です。

 

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 三平というのは、いわずと知れた林家三平の事です。

 セットの壁に貼られてあった家訓を写真に撮り、それらしく額縁の中にはめ込んでみました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 これは、「福の神が宿る家」という条件を数え歌ふうに書いたものということで、思わずなるほどなぁと唸らされてしまいました。

 

 口でいうのは簡単なんですが、さて、自分はどうなんだろうと振り返ってみると、なかなかそういうふうにはいかないなぁと・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 それでも、できるだけこの家訓に沿うように生きていきたいものだと思ったしだいです・・・(苦笑)

 

 「親の意見となすびの花・・・」ではありませんが、昔の人の言うことばには、本当に味があるものが多いなぁと・・・ (^_^ゞポリポリ

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2009年8月12日 (水)

覚悟

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 昨日、仕事に行く途中でこんな車を見ました(笑い)

 「この道より我を生かす道なし この道を歩く」

 これは、武者小路実篤の言葉で、この車はおそらくそれを書いたんだと思います。

 多少言い回しは違っていても、言いたいことは伝わってきます。

 

 人は誰でもそうだと思いますが、常に迷いつつ生きているんじゃないでしょうか。

 今の仕事でいいのか・・・
 もっと自分に合っている仕事があるんじゃないか・・・
 そう思っている人は多いと思います。

 

 私自身も、転職は何度も繰り返してきましたから、そういう思いはよくわかるつもりです。

 しかし、そういう私が言うのもナンですが、サラリーマンなら、どこに勤めても大きな違いはないというのが正直なところです。
 別の会社に転職しても、目先の給料や仕事の内容が多少違うくらいで、期待していたほどのモノはないのが現実ではないでしょうか・・・

 「隣の芝は青く見える」とよく言われますが、実際に隣に行ってそばで見ると、思っていたほど青くはなく、自分の家の芝と同じ色をしていることがわかると思います。

 転職した先で、やっぱり辞めるんじゃなかったと思った人も少なくないと思います。

 

 脱サラをして、自営で職業ドライバーの道を選んだ私ですが、今思っているのは「これが私の天職だった」という事です。

 そして、この道を最後まで歩き通そうと思っている私がいます。

 それが、私の覚悟です (^^)v

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