2015年10月16日 (金)

鉄腕アトム

20151015001 ネッ友さんのブログで、「鉄腕アトム」のコミックを古本屋で目にし、全巻まとめて衝動買いしたという記事を拝読し、今日はこんな記事で・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 昭和33年生まれの私にとって、「鉄腕アトム」というマンガに対する思い入れはひとしおでありまして、実に様々な思い出が頭をよぎります・・・

 

 私とアトムとの出会いは、私が4才か5才の頃の昭和37年前後のことですから、もう記憶もおぼろげででハッキリとしたものではありませんが、今は湖の底に眠る神奈川県の宮ヶ瀬での事・・・

 私は小学校に入学する前の3年間、父の仕事の都合で清川村の宮ヶ瀬地区に住んでいた事があります。
 そこでたまたま目にした古紙回収のリヤカーに積まれた古雑誌の中に、1冊の小冊誌があるのを見つけ、子供心にも目を引く表紙だったので、つい出来心で失敬してしまったのが「アトム誕生」というタイトルのマンガでした (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 それがアトムとの出会いだったんですが、当時から本を読むのが大好きだった私は、すでにひらがなやカタカナは普通に読めましたし、昔のマンガは実に丁寧に作られていまして、フキダシの中の漢字には全てルビ(ふりがな)が振られていましたから、小学校に入学する前の私にもマンガの内容は良く理解できました (^^)v

 

 その後、小学校に入学するために会津に戻った私は、いとこの家で鉄腕アトムのアニメを見てすっかりはまります (^_^ゞポリポリ

 時を同じくして、昭和39年の9月号から毎月「少年」というマンガ雑誌を購読するようになり、そこに連載されていたのが「鉄腕アトム」であり、「鉄人28号」という、当時を代表する作品です (*^.-^*)♪

 

20151015002 さらに、アトムの思い出は続きます・・・ (^^ゞ
 喜多方の高校に通っている頃、朝日ソノラマから月に2冊程度のペースで鉄腕アトムのコミック全21巻が発売されることを知り、乏しい小遣いの中から買い集め始めました。

 もともと私は漫画好きだったのですが、コミックを買って読んだことはありませんで、鉄腕アトムのコミックが全巻揃ったことがきっかけで、小学生の頃に読んだものの、読み損ねてストーリーがつながっていない昔のマンガをコミックで通して読みたいという欲求が芽生えてしまいます (;^_^A アセアセ・・・

 で、高校を卒業し、江戸川に出て働くようになると、古本屋を回って昔読んで夢中になったコミックを探して買い集めるのが楽しみになりまして・・・(笑い)

 そうして20年以上も古本屋でコミックを買い集めた結果、2千冊を超える膨大な数になってしまいましたが、現在のアパート暮らしを始めてからは置く場所に困り、全て実家に持ち帰って保管しています (^◇^;)

 

 何事にも最初があるワケですが、漫画を知ったきっかけがアトムなら、漫画のアニメを見た最初もアトム、漫画雑誌の定期購読を始めたのもアトムが連載されている雑誌が最初で、コミックを買い集めるきっかけもアトムのコミックという事で、「鉄腕アトム」が私のマンが人生に占めている比重は決して少ないものではありません (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 以上、たわいもないハナシではありますが、私とアトムとの浅からぬ縁を語ってみました・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

20071128001  蛇足ですが、「下條アトム」という俳優が居ます。
 これは芸名ですが、本名も同じ「下條アトム」です。
 しかし、有名な「鉄腕アトム」とはナンの関係も無いことは意外と知られていません (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 父親の下條正巳が、戦後間もなく生まれた我が子に、原子を意味する英語の「Atom」から名付けたといわれています。
 下條アトムが生まれたのは昭和21年で、「鉄腕アトム」が連載されたのは昭和27年からですから、無関係な事は明らかです (^^;

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2014年3月11日 (火)

あぶさんに寄せて

 先月の初めにも、「あぶさん」の連載が完結したことを記事にしましたが、私の56年の人生において、「あぶさん」が私の生きる指針になっていたのは39年間。
 実に、人生の7割近くをあぶさん、いや、景浦安武と一緒になって歩んでまいりました・・・

 

 そんなワケで、過去にも、何度か「あぶさん」を取り上げた記事を書いたことがあります。

 2008年8月11日 (月) 「景浦安武」

 2009年3月21日 (土) 「あぶさん」

 2009年10月6日 (火) 「さようなら90番」

 

 今日の記事で「あぶさん」のコトを語るのは5本目となりますから、どうしても重なってしまうエピソードは多くなりますが、そこのところは目を瞑ってご容赦ください (^_^ゞポリポリ

 

 漫画好き人間の私ですから、一つや二つ、お気に入りの作品があってもぜんぜん不思議ではないわけですが、私の「あぶさん」に対する思い入れは、他の漫画作品に対するソレとはまったく違いまして、主人公の景浦安武という野球選手と私は、同じ時代を一緒に生きてきた盟友といってもいいくらいの存在でもあります。

 マンガの主人公と一緒に生きていたとか言うと、大げさだと笑う人も居らっしゃるかと思いますが、架空の人物であろうと、方やヒイキ球団であるホークスの看板選手、方や熱烈なホークスファンという事で、40年近くもそんな関係を続けていると、ホントに景浦という選手がホークスに存在しているかのような錯覚に陥ることもあったりします (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 私が景浦安武という野球選手と出会ったのは、40年ほど前の1974年、私が喜多方高校の1年生だった時のこと。
 クラスメートのMから借りて読んだ「あぶさん」のコミック第1巻が全ての始まりでした。

 その中で当時の南海ホークスに入団したのが、飲んべえの景浦安武で、私はこの人間くさい代打屋にすっかり魅了されてしまい、以来、馴染みのなかったパ・リーグの、それも南海を中心に応援するようになって今日に至ります。

 

 ただ、私が南海ホークスのファンになってからのご本尊は、まったくいいところが無く、長い長いBクラス暮らしが延々と続きます・・・ (__;)

 それでも、私はガンコですからねぇ、一度だってホークスを見限ろうなどと思った事はありません (^_^)V。

 

 ご本尊の南海ホークスは、その後経営難から身売りを余儀なくされ、親会社は南海電鉄からダイエーに代わり、本拠地も大阪から福岡へと移りましたが、成績の方は相変わらずパッとせず、弱小球団と呼ばれ続けていましたが、景浦選手だけは生き生きと紙面の上で活躍し続けてまいりました・・・

 あの頃の私は、あまりにも不甲斐ないチームに対して、「あぶさん」の作品の中に現実逃避をはかり、景浦の活躍する姿を見てホークスに対する鬱憤を晴らしていました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 もう、現実とマンガの世界の区別すらつかなくなっていましたが、それはそれでけっこう楽しかったです (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 私が生きている間にホークスが優勝するナンて、夢物語にも近く、よもやあるまいと思い始めていた98年、20年連続Bクラスという長い長いトンネルをやっと抜け出して3位となり、翌年にはリーグ優勝からイッキに日本一まで駆け上がり、私を狂喜乱舞させてくれました ヽ(^◇^*)/

 ただ、ご本尊がかつての強さを取り戻し、優勝争いの常連と呼ばれるようになるのと前後して、景浦安武選手の超人ぶりが目に余るようになります (;^_^A アセアセ・・・

 45才で初の三冠王を獲得すると、翌年から3年連続で三冠王を獲得し、さらには56号ホームランを放って王の記録を30年ぶりに更新し、挙げ句の果てには前人未踏のシーズン4割を達成するなど、いくらマンガの中とはいえ、ソレはないだろうと・・・ (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 それでも、私の「あぶさん」に対する憧れにも似た思いはいっこうに冷めることなく、ご本尊と景浦の活躍は、私の生きる支えみたいにさえ思って今日に至ります・・・

 

 さすがに40年を超えるほど長い期間、連載が続くとは私自身も思ってもいませんでしたが、それでも実際にマンガが終わってしまうと、淋しいと思っている私がいます・・・ (^_^ゞポリポリ

 今年は、景浦安武のいないシーズンになります。

 私にとっても、ホークスにとっても、ある意味、正念場の一年間になるのかもしれません・・・ (;^_^A アセアセ・・・

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2014年2月 7日 (金)

あぶさんが完結

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 昭和48年から連載を開始し、大人気を博し続けて来た野球漫画の
「あぶさん」が、2月5日発売の『ビッグコミックオリジナル』をもって、ついに完結した。

 実に、41年間に及ぶ長期連載で、私の人生にも大きな影響を与えた偉大な漫画だった・・・

 

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20140207005  思えば、私が高校一年生の時に、クラスメートのMに借りて読んだ「あぶさん」のコミック第1巻が、私の野球人生の始まりになった・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 ・・・と申しましても、運動オンチの私ですから、草野球以外で野球をした事は一度もありませんがね・・・(苦笑)

 

 当時の私は、野球には関心はあったものの、正直テレビなどでも試合を観たことはほとんど無く、好きな球団も特にはありませんでしたが、そんなこんなで「南海ホークス」のファンになり、今に至ります。
 というワケで、ホークス一筋のファン歴は、今年で40年弱になります (^_^ゞポリポリ

 当時の私は、パ・リーグということば自体は知っていましたが、どんな球団があって、どんな選手がいるのかさえも知らないような状態でしたが、だからこそ、先入観もなくスッとファンになれたのだと思います。

 

 語りたいことはたくさんあるのですが、今日のところは、「あぶさん」が41年の連載に終止符を打ったことだけをお伝えして、記事を終えたいと思います。

 「あぶさん」、特に主人公の「景浦安武」についての思い出は、日を改めて述べたいと思っています。
 なにしろ、40年にわたる思い出ですから、時間がとれる時に記事にまとめてみたいと思います (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 景浦安武さん・・・
 水島新司さん・・・

 長い間、本当にお疲れ様でした・・・ m(_ _)m

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2013年11月18日 (月)

ロータス

 

 上の動画は、先日、信号待ちをしている時にたまたま見かけたロータスヨーロッパです。

 ポルシェとかフェラーリとか、そういう有名なスーパーカーなら街中で見かける事も少なくありませんから、目にしてもそれほど驚きはしませんが、さすがにロータスとなると、あまり見かける事はありませんで、オオッと・・・ (^◇^;)

 それも、2台連なって走ってきたので、受けるインパクトは十分過ぎるほどでした o(*^▽^*)o~♪

 

 

 そして、こちらは一昨日の朝、私の車を追い越していったロータスヨーロッパです。

 偶然なのでしょうが、あまり見かける事のないロータスを、それほど日をおかずに目にするナンて幸運にチョッと舞い上がっている私がいます (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 五十歳前後くらいの私等の世代だと、「ロータス」と聞いてまずアタマに浮かんでくるのが「サーキットの狼」というコトで、そういえば私が住んでいる成田の近くに、マンガの作者である池沢さとしが館長を務める「サーキットの狼ミュージアム」というのが在った事を思い出し、懐かしさに惹かれてさっそく行ってみることにしました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

http://www.ookami-museum.com/index.php

 

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 こんなモノがそこに在ることはかなり前から知ってはいましたが、ナンというか胡散臭く思えてね、ゾク連中のたまり場とでもいうか、どうも私のようなアタマが固いオヤジには「走り屋」=「暴走族」みたいなイメージがつきまとってしまい、近づくのがためらわれてしまいまして・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 でも、HPで多少の予備知識も得られたので、ぜひ行ってみたくなり、昨日、家内を伴って行ってきました (^^)v

 

 写真は、茨城県の神栖市に在る「サーキットの狼ミュージアム」の外観と、入口付近に止まっていたポルシェです。
 付いていたナンバープレートは、「・9 11」、さすがです (^◇^) 。。。ケラケラ

 

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 中に展示してあった、マンガの主人公の愛車を再現した「ロータスヨーロッパスペシャル」です。
 さすがに人気が高く、展示車の中でも一際目を引いていました。

 

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 ミュージアムの中の様子です。

 ポルシェ、フェラーリ、ランボルギーニ、マセラティ カムシン、デ・トマソ・パンテーラ等々・・・

 車好きなら垂涎の的なんでしょうが、あいにく私はスポーツカーにそこまでの思い入れはありませんで、珍しいものを見たという感動と喜びはあるものの、それ以上でも以下でもありません (;^_^A アセアセ・・・

 そこへいくと、家内のはしゃぎようときたら (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 私はこれまで、家内がこんなに車好きだったということを知りませんでしたよ (^◇^;)

 昨日の「サーキットの狼ミュージアム」訪問は、野次馬の私よりも、家内の方に断然意義があったようです(苦笑)

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2011年7月 9日 (土)

和田慎二が逝く

20110709012  「スケバン刑事」などの作品で知られる、漫画家の和田慎二氏が5日に亡くなったと報じられた ・・・

 

 私は、大の漫画好きですから、当然のように和田慎二の作品を知っています。
 高校生の頃は、「なかよし」とか、創刊したばかりの「花とゆめ」などの少女誌も毎月買って読んでいました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 この当時で想い出のある作品といえば、やはり「スケバン刑事」という事になるのでしょうか(笑い)

 

 当時、少女マンガ界には女性の漫画家も、もちろんいらっしゃいましたが、男性の漫画家もけっこう少女誌に作品を載せていました。
 手塚治虫の「リボンの騎士」、横山光輝の「魔法使いサリー」、赤塚不二夫の「ひみつのアッコちゃん」などは有名ですが、他にも楳図かずおとか石森章太郎とか、そういう有名といわれる漫画家でさえ、当然のように少女誌に作品を掲載していました。

 あの頃、発表できる場所があれば少年誌とか少女誌とかの区別なく、作品を描くのが常でしたし、出版社側も売上のためにはビッグネームの作品は欠かせないという事情もあったので、当たり前のように男性漫画家陣に原稿を依頼していました。

 

 しかし、中には男性作家なのに活躍の場を主に少女誌に求める漫画家もいまして、和田慎二とか弓月光あたりがその代表といえると思います。

 個人的には、和田慎二も弓月光も大好きな漫画家でして、彼等の作品が読みたいばかりに、「マーガレット」とか「花とゆめ」などの少女誌も買っていたというのが正直なところだったりします (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 このあたりの事は、過去にも「少女マンガ」というタイトルで記事を書いたことがあるので、ご関心がお有りなら、ぜひそちらの記事もご一読頂きたいなと (;^_^A アセアセ・・・

 

 和田慎二の作品の魅力というのは、独特のタッチもそうですが、やはりアクションだろうと個人的には思っています。
 登場人物たちが紙面の上で生き生きと動き回り、戦ったりするのを、小気味よく思いながら読んでいました o(*^▽^*)o~♪

 

20110709011  そういう、アクションをふんだんに取り入れた、氏の代表作でもある「スケバン刑事」ですが、後に斉藤由貴などが主演で何度も映像化されたこともあるので、テレビドラマの方の「スケバン刑事」を思い浮かべる方も多いと思うのですが、私はテレビの「スケバン刑事」は一度も見たことがないので、あくまでも原作である「漫画」のイメージしかありません (^_^ゞポリポリ

 

 過去に、多くの漫画がアニメ化され、中には「スケバン刑事」のように実写版で映像化された作品もありましたが、アニメはともかくとして、私は実写版での映像化には否定的な一人です。

 アニメなら、原作のイメージをある程度止めていると思いますが、実写版では原作を損ねてしまうことがほとんどで、成功した例しは皆無といってもいいんじゃないでしょうか。
 漫画というのはあくまでも架空の世界の物語ですから、それを現実の世界に置き換えてみても所詮はムリがあるというか、愚かで無謀なことだと私は思っています。

 

 テレビドラマの「スケバン刑事」を見たことがないので、うかつなことは言えませんが、おそらくは漫画とは全く別の作品であり、漫画で「スケバン刑事」を知って、テレビドラマをご覧になった方は、そこに原作とは全く違う麻宮サキの姿を見たんじゃないでしょうか ・・・

 簡単にいえば、漫画の「スケバン刑事」と、テレビの「スケバン刑事」は、全く別の作品といえるんじゃないかと (^_^ゞポリポリ

 

 まぁ、ここでそういう事を言ってみても詮無いことなので、氏のご冥福を祈りつつ、記事を〆たいと思います ・・・

 

 たくさんの作品、心から楽しませて頂きました。
 ほんとうにありがとうございました ・・・

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2011年1月15日 (土)

タイガーマスク

 昨年の暮れから、「タイガーマスク運動」というチョッと奇妙な社会現象が起こっています。
 児童養護施設などにランドセル等を「伊達直人」名義で寄付する行為を総称して「タイガーマスク運動」と呼んでいるというもので、年が明けて今月に入ると、イッキに寄付行為は全国規模に広がった・・・

 

 この件については、多くの方が様々なコメントを残しているので、今さら私が何かを語ろうなどというおこがましい気持ちはさらさらありません (^_^ゞポリポリ

 ただ、マンガ大好きな人間としては、皆さんとは少し違った角度から取り上げてみたいなと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 この運動の名前にもなっている「タイガーマスク」ですが、そもそもは40年くらい前に雑誌に連載されていたマンガがルーツであり、その後70年代にテレビアニメとして放送されて広く知られるようになりました。

 さらに、80年代に入ると、実際に虎の覆面をした「タイガーマスク」と名乗るプロレスラーがリングに登場し、そちらの方でご存じの方も少なくないと思います。

 

 しかし、マンガとしての「タイガーマスク」をどれほどの人が知っているかとなると、その名前ほどの知名度はおそらく無いのではないか・・・

 虎の穴と呼ばれる組織から、次々と送り込まれる悪役レスラーたちと、リングの上で死闘を繰り広げる正義の味方が「タイガーマスク」だという、せいぜいその程度の認識しかないのが現状ではないのか・・・ (^^;

 

 ところで、原作として雑誌に連載されたマンガが、後にテレビや映画で、映像化されることは珍しい事ではありません。

 「鉄腕アトム」や「巨人の星」などに代表されるアニメーションや、「仮面ライダー」や「マグマ大使」などに代表される実写版のものなど、様々な作品が様々な形で映像化されて、お茶の間やスクリーンで再現されました。

 しかし、そのほとんどは原作に忠実に映像化され、中には「漂流教室」などのように多少の脚色を加えられたモノも無かったわけではありませんが、おおむね紙面の作品と映像化された作品は、似たようなストーリーで描かれるのが普通です。

 

 

 しかし、この「タイガーマスク」に限っては、マンガとアニメのストーリーが大きく違っていまして、まるで別の作品だったと私は思っています。

 もちろん、私は子どもの頃に両方見ていまして、それぞれに思い入れがあるのですが、ストーリー的にも、完成度という点でも、アニメ版の方が断然おもしろかったと思っている一人です。

 

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 雑誌版もアニメ版も、ごく最初の方だけは同じようなストーリーで描かれていますが、伊達直人が組織を裏切り、虎の穴から刺客を送られるようになるあたりから、それぞれのストーリーに別れてハナシが展開していきます。

 そして、私が一番納得いかないのが、雑誌版では伊達直人として交通事故で亡くなってしまうという陳腐なラストです (ノ_-;)ハア…

 それに対して、アニメ版では、タイガーマスクの正体が白日の下に晒されたために、飛行機に乗ってどこかへ旅立っていくという終わりになっています。

 夢も希望もない雑誌版のラストに対して、アニメ版では、見ている視聴者(主に子ども達ですが)にも夢が見られる終わり方になっていました・・・

 

 この「タイガーマスク」のコミックですが、年が明けてからの騒動のおかげで、古本を含めて全国の書店から消えてしまったそうです (^◇^) 。。。ケラケラ
 そりゃそうですよね、もともとがそれほど売れるようなコミックじゃないところに持ってきて、急に全国的な知名度になったわけですから、書店側でも対応できないのは当然だと思います。

 販売元の講談社には、どんな内容のマンガだったのかを知りたい新しい読者や、もう一度読んでみたいと思った年配者などから、急な注文が殺到しているそうで、復刻版の増刷に追われているといいます(笑い)

 

 もちろん、私は昔のコミックで全巻持っていますが、さすがに狭いアパートには置いておく余裕は無く、段ボール箱につめて実家の押し入れに押し込んだままなので、もう、2~30年くらいは目を通した記憶がありません (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 しかし、私自身も忘れていた「タイガーマスク」「伊達直人」という名前ですが、久しぶりに聞かされて、懐かしいと思ったオヤジたちも多いんじゃないかな (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

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2009年10月 6日 (火)

さようなら90番

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 ソフトバンクホークスの「あぶさん」こと景浦安武外野手(62)が今シーズンのヤフードーム最終戦となるオリックス戦を最後に現役を引退する・・・

 以下は、昨日発売となったビッグコミックオリジナルに収録された、第873話の一部です(笑い)

 

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20091007001 思えば、私のプロ野球観戦の歴史は、常に「あぶさん」とともにあったような気がします。

 高校一年生の時に、同級生の一人からコミックの第1巻を借りて読んだのが「あぶさん」との出会いの最初でした。

 以来、今日までちょうど35年、私の人生は「あぶさん」とともにあったと言っても過言ではありません。

 この辺の件は、昨年の8月に「景浦安武」という記事と、今年の3月に書いた「あぶさん」という記事に詳しく書きましたので、興味があればご一読ください(苦笑)

 

 「引退」という二文字は、アスリートには必ずついて回ることばであり、これはどんな名選手であっても避ける事のできない現実です。
 これについても、先月「引退」という記事の中で引退に対する持論を述べましたので、あらためてご一読願えれば幸いです ( ^-^)/ ♪

 しかし、多くのアスリート達は、その輝いていた時とは裏腹に、誰にも知られることのないままにひっそりと現役を引退していくのが常であり、引退セレモニーとか、引退試合とかを設定してもらえる選手はごく一握りの人たちに限られています。

 中日の落合監督が、選手たちに言っていることばの一つに、「引退をさせてもらえる選手になれ」というのがあるそうです。
 使えない選手として球団からクビを言い渡されて放り出されてしまうのではなく、セレモニーなどを設けて送り出してもらえるような選手になれという意味だと思うのですが、本人はそう思っていても、球団やファンから愛されていないとなかなかそういう花道は作ってもらえないと思います。

 球界は、今年もオフを迎えようとしています。
 今年も、たくさんの選手が現役を引退していくのでしょう・・・
 新人が入団するためには、席を空けておく必要があるからですが、はたして本人が納得して引退していく選手は何人いるのでしょう (^^;

 

 

 今回、景浦安武選手は、自らの引退試合をサヨナラホームランで締めくくり、そして引退セレモニーを経て球場を後にしました・・・

 37年間という、気の遠くなるような現役生活を送り、試合後にロッカールームに現れた母親に、脱いだばかりのユニフォームを手渡し、「お袋、丈夫な体をありがとう。」「やっと終わったよ。」のことばとともに、淋しい思いをさせ続けた母親に対し、精一杯の感謝の気持ちを伝えた・・・

 

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 あぶさんは今日引退しましたが、作品の連載が終わるようなコメントはありませんでしたので、おそらく引退後もユニフォームを着せ続けるんだと思います(笑い)

 ファンの一人として、ぜひそうあって欲しいし、これからもあぶさんの活躍を見ていきたいと思っています。

 ありがとう、そしてお疲れ様でした。
 このオフは、例年以上に、恋の宿でゆっくりと体を癒してください・・・

 

 最後に、現在、日本で最も長く連載が続いている「あぶさん」の、コミック各巻の表紙をアップして記事を締めくくりたいと思います。 もちろん、全巻所有しています (^^)v

 

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2009年3月21日 (土)

あぶさん

 ついに・・・「ついに」というか「とうとう」と言うべきか、そういう表現がまさにピッタリと当てはまる記事を先日ネットで目にした・・・
 私の愛する景浦安武の「引退宣言」が発表されたのだ・・・ (__;)

 景浦安武・・・ ホークス一筋36年、今年37年目のシーズンを迎える62才の現役のプロ野球選手です。
 もちろん、実在の選手ではなく、小学館発行の成年コミック誌「ビッグコミックオリジナル」で連載中の野球漫画「あぶさん」の主人公なんですが、私にとっては実在の選手以上に愛して応援し続けて来た唯一の選手です。

 昨年の夏に、「景浦安武」というタイトルで記事を書いたこともあるので、今日の記事をお読み頂く前に、ぜひそちらの記事もお読み頂きたいと思います m(_ _)m
 上のタイトルをクリックして頂ければ、過去の記事にジャンプしますよ ( ^-^)/ ♪

 

 連載が始まった頃ならともかく、年々現実とのギャップが大きくなっていきましたから、いつかはこういう日が来るだろう事は予想してはいましたが、現実となるとやっぱり淋しいですねぇ・・・ (__;)

 

 10年くらい前からは、毎年、シーズンオフになると、来年も現役でやってくれるだろうかと、常に心配している私がいまして、春が来て、ユニフォーム姿の景浦選手を紙面に見つけると、ああ、今年も一年間はあぶさんの活躍が見れると安心するのが常でした (^^;

 

 この作品の連載が始まった73年は、私は中学の3年生。高校1年生の時に、クラスメートのMからコミックの第1巻を借りたのがきっかけで、それから延々と買い続けてきて、現在93巻まで刊行されています (^_^ゞポリポリ

 この間、私も高校生から社会人となり、サラリーマンから自営へと、様々な人生を歩んできましたが、いつも心の中には南海ホークスがしっかりと座り続けていました。

 そのホークスも、南海からダイエーへ、そしてソフトバンクへと2度も親会社を変え、万年Bクラスだった弱小球団もいつの間にか毎年優勝争いができるチームへと変わりましたが、監督は野村克也氏を解任した頃から長期低迷を続け、代を変わるごとに監督の質は落ちていきました。

 最近でいえば、根本陸夫氏が監督として大きな仕事をしてくれたのを高く評価しています。彼が今日のチームの土台を作ってくれたおかげで、後任の凹が監督として美味しいところを独り占めできましたが、チームの優勝とか日本一とか、そういう栄光は決して凹の功績ではありません。
 凹は人間的には評価できますが、監督としては仕事らしい仕事は何もできず、単に根本氏の残した遺産を食いつぶした挙げ句に、チームを再び弱小球団にしてしまった戦犯です q(`o')ブー!!

 

 それはともかく、この「あぶさん」という作品は私の人生を大きく変えてくれました。
 それまでの私は、皆がそうだったように巨人のファンであり、巨人以外のことはほとんど知りませんでした。ましてパ・リーグの事なんて知る術もなく、どんな球団があるのかさえもわからないような状態でしたが、これ以降、私の観戦スタイルはパ・リーグ中心になり、セ・リーグとは縁を切ります (^^ゞ

 もちろん、パ・リーグの試合を観戦する手段なんてありませんでしたから、ホークスを応援しているとはいっても、どんな選手が居てどんな戦いをしているのかさえわからず、時々スポーツ新聞で順位を確認するくらいがせいぜいでしたが・・・(苦笑)

 そして、年に一度、日本シリーズに出てくるパ・リーグのチームをひたすら応援していました(笑い)
 この頃は、西武の黄金期が長く続いたので、応援しているホークスよりも、西武の選手の方が名前も顔もよく知っていましたよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 この作品の中で監督をしていた野村克也氏は、以後私の一番尊敬する野球人になりました。もちろん、今も私にとっては神に等しい存在です (^_^ゞポリポリ

 

 引退したあとも、当面作品の連載は続けるそうです。そうなると、当然チーム内でのポジションは指導者ということになります。
 それでも、ホークスと一緒に歩いてくれるということだけが嬉しくてね (^_^ゞポリポリ

 

 私の人生の三分の二近くを共に歩んできた景浦安武・・・
 できれば、これからも彼の姿を見続けていきたいと思っています。

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2009年3月18日 (水)

少年キング

 昨日は、「漫画週刊誌の日」という事を、こやなぎ名人のブログで知りました。
 1959年の昨日、日本初の少年向け週刊誌として「少年マガジン」「少年サンデー」が発刊された日なんだそうです。

 私が生まれたのが1958年の4月ですから、ほとんど生まれた時から漫画週刊誌が存在していたことになります。
 もちろん、赤ん坊の頃からマガジンやサンデーを読んでいたわけではありませんが、生まれて初めて買ってもらった「少年マガジン」のことはよく覚えています。
 1964年、当時の定価は40円でした。メインの連載作品は「エイトマン」「黒い秘密兵器」「ハリス無段」など・・・

 

20090318011  ところで、これら二つの週刊マンガ雑誌に遅れること4年、少年画報社から「週刊少年キング」が発刊されます。
 以後、私の少年時代は、「マガジン」「サンデー」「キング」の三誌が三つどもえで読者を奪い合っていました。
 後に、「少年ジャンプ」、「少年チャンピオン」が相次いで発刊されて、少年マンガ雑誌は五誌になり、漫画界は隆盛を極めます。

 

20090318012  しかし、その中にあって「少年キング」だけは思うように部数が伸びず、1982年の4月に休刊の憂き目にあい、その後は「少年KING」として月2回の刊行で生きながらえていましたが、それも1888年で休刊して今に至るので、「少年キング」の名前を知らない方も多いと思います。

 

 

 確かに、キングの連載作品にはそれほど読者を惹きつける作品は無かったけれど、初期でいえば「サイボーグ009」、中期では「ワイルド7」、後期ですと「銀河鉄道999」など、常に柱となる強力な作品があって、根強い読者を取り込んでいました。これらの人気漫画のタイトルに、いずれも数字が入っているのも偶然とはいえ興味深いなぁと・・・ (^^;

 

20090318013  他にも、「サイクル野郎」「ジャイアント台風」など、異色の作品が多く、秀逸でしたが、いかんせん他の作品群が貧弱すぎたことが部数が伸びない大きな原因だったように思います。

 

 

 しかし、当時ならともかく、ゲーム機器やPCなど、これだけ娯楽が多様化した現代においても、マンガ雑誌は相変わらず子ども達をとらえて放しません。
 これは、本当に凄いことだなぁと思いますねぇ。

 

 海外ではマンガは子供のためのモノであって、オトナの観賞に堪えうるような作品は少ないと思いますが、日本ではサラリーマンのためのマンガ雑誌まで存在しますから(笑い)

 

 私が一番好きだったのは「少年マガジン」で、それは今も変わっていませんが、「少年キング」もなかなか魅力的な雑誌だったんですがねぇ・・・ (__;)

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2009年1月27日 (火)

はじめの一歩

 この週末も、いつものように彼女と一緒に過ごしたんですが、帰りはいつものように車ではなく、電車で彼女を送っていきました (^.^; ポリポリ
 なぜ車ではなく、電車だったのかというと、彼女の愛車を成田に持ってくる都合があったからで、彼女の自宅のあるさいたま市からは、彼女の愛車に乗って成田のアパートまで帰ってきました (^^)v

 ホントは、彼女が運転して私のアパートに来てくれればコトは簡単なんですが、自宅の周辺ならともかく、そんな遠くまでは運転できないと彼女が言うもので(笑い)

 

 それはともかく、いよいよ同居のための「はじめの一歩」が完了しました (^^)v

 

 今度の週末には、私の営業車で迎えに行き、彼女の荷物と一緒に成田に戻ってきて、そのまま同居に入る予定です (^.^; ポリポリ
 つまり、今度の週末は、彼女の成田への引っ越しです ヽ(^◇^*)/

 

 いよいよこの日が来たという事で、感慨深いですねぇ(笑い)
 楽しみで仕方ありませんよ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 いわば、彼女の愛車は同居のための人質という事で・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 同居したら、とりあえず静岡辺りの温泉地にでも、一泊で旅行に行ってこようかなと・・・ (^_^ゞポリポリ
 私は、寒いところは苦手なので、比較的近場で、かつ暖かいところというと、やっぱ静岡辺りになるのかな (^^;

 

 タイトルは、少年マガジン連載中の人気コミックから頂きました (^^)v
 時々読む程度で、ストーリーとかはまるでわかっていませんが、一歩クンは可愛くてねぇ(笑い)

 ボクシング漫画というと、有名なところでは「あしたのジョー」「がんばれ元気」がありまして、私の大好きな作品です。
 また、「リングにかけろ」という作品もあるのですが、途中から荒唐無稽な展開になっていくあたりからチョッとねぇ・・・ということで、一応コミックは持ってはいますがそれほど好きな作品ではありません(笑い)
 そういえば、「リングにかけろ」をパロって、「リングにこけろ」なんていうダジャレも当時は聞かれましたね(笑い)

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