2009年11月 3日 (火)

会津川口駅

 福島県の会津若松駅から、新潟県魚沼市の小出駅までを結ぶローカル線として、「JR只見線」があります。

 もともとは会津若松駅と地元で有名な虚空蔵尊のある会津柳津駅までを結ぶ路線だったのですが、戦後の電力需要から只見川の各所にダム建設が始まると、昭和16年に会津宮下駅まで、昭和31年に会津川口駅まで、昭和38年に只見駅までと、しだいに延長されてきました。

 この路線は、最初から会津若松と小出とを結ぶ路線として計画されてはいましたが、県境となる「六十里超」と呼ばれる難所の区間がネックとなり、トンネルを掘って全線開通したのは昭和46年の事になります。

 会津若松~小出間が全線開通したことにより、陸の孤島と呼ばれた私の村から都内方面へのアクセスが格段に改善されました。
 それまでですと、いったん会津若松に出て、磐越西線で郡山経由で東北本線というルートしか無かったわけですが、小出に出られるようになりますと、上越線に乗り換えて上京することが可能となりました ヽ(^o^)尸
 これにより、より安く、より早く都内に出ることができるようになり、出稼ぎに出ていた父なども、もっぱら小出回りで行き来することが多かったです。

 ただ、只見を含む県境の辺りは、会津でも屈指の豪雪地帯ですから、通年営業をしているとはいっても積雪量の如何によっては運休になることも少なくないワケですが、並行して走っている国道252号線は冬期間は通行止めになりますから、沿線の住民達にとっては今でも新潟方面への唯一の交通手段ですから、今でも廃止を免れて存続しています・・・

 正直、利用客はそれほど多くはなく、もっぱら通学や通勤客が利用する程度で、私が子どもだった頃から比べても、運行本数は大幅に減り、現在では通常運転は朝昼晩の一日三本に、紅葉の時期や雪祭りなどの時に臨時で運行されるイベント列車が走っている程度です (^^;

 

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 そんな只見線のほぼ真ん中辺りに、今日ご紹介したい「会津川口駅」が在ります。
 会津若松~小出間の全線は約135kmで4時間ほどかかり、会津若松~会津川口間は約61kmで2時間ほどの所要時間ですから、位置的にも時間的にも、路線のほぼ中央にあることがおわかりのことと思います。

 この「会津川口駅」は、私の村の表玄関となる場所に位置しており、最寄り駅となりますから、私も子どもの頃にはよく利用させてもらいましたから、とても馴染みのある駅です。
 村からバスで川口に出て、この駅からディーゼル列車で会津若松方面に出ていったものです。

 

 しかし、この駅はそれだけではなく、チョッとおもしろい特徴があるので機会があったらぜひ皆さんにご紹介したいとずっと思っていました。

 実は、帰省の祭には一般道で南会津経由で往復するのが常の私が、今回高速で帰ろうと思い立ったのも、この駅に立ち寄ることが最初からの目的でした (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 もちろん、休日千円の高速料金も大きな理由の一つなのですが、あくまでもそれは表向きの理由です (^^)v

 

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 左側の写真が、「会津川口駅」の写真です ( ^-^)/ ♪
 1987年に現在の駅舎に建て替えられたということで、私がこの駅舎を見るのは今回が初めてとなります (^_^ゞポリポリ

 右側の写真が、それまでの駅舎で、私にはこちらの方が懐かしく、ネットで見つけてきました (;^_^A アセアセ・・・

 

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 これが、この駅の特徴の一つである、駅舎の改札を抜けホームへと向かう「構内踏切」と、屋根もかかっていない「島のホーム」です (^^;

 普通、ホームへは階段などを利用して向かうのが一般的であり、線路を歩いて横断するというのは危険ですから、行なわれないのが常識です。
 しかし、この駅では、ご覧のように構内の真ん中に「島」というか「中州」のようにホームが独立して設けられており、その両側に線路が敷かれてあって列車が止ります。

 駅舎側が小出方面に向かう下りのホームで、反対側が会津若松方面に向かう上りのホームになります。
 つまり、改札を抜けた乗客は、いったん下り線の線路を歩いて横断してホームに向かうことになります(苦笑)
 同じく、下りの列車に乗ってきてこの駅で降りた乗客も、止っている列車の前を通って線路を横切り、駅舎の改札に向かうことになります (;^_^A アセアセ・・・

 こんな事ができるのも、運行本数が少ないからなんでしょうかね (^◇^) 。。。ケラケラ

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 確かに、「島のホーム」「構内踏切」も、珍しい光景には違いありませんが、この駅を語る上でどうしても外せないものがあります。それがこれらの写真なのですが、いかがですか(笑い)

 川のそばに設けられた駅というのは、日本中にいくらでもあると思うのですが、この「会津川口駅」は、ホームの片側が只見川の大きな流れにくっついています (^^;
 つまり、ホームが堤防の役割も果たしているわけで、さすがにこういう光景は珍しいのではないかと個人的に思っています。

 下の3枚は、只見川の反対側から駅を見たところです。
 只見川の静かな川面が、上り線のホームに迫っているのがよくわかると思います o(*^▽^*)o~♪

 これなら、ホームから線路越しに釣り竿を構え、釣り糸を垂れることだってできそうな気がしますよ(苦笑)

 

 

 ・・・ということで、本来の記事はここまでで、以下の写真は、実はオマケです (^◇^) 。。。ケラケラ

 先の記事でも述べましたが、会津坂下ICで高速を下り、国道252号線で会津川口駅に向かっている途中、大勢のカメラマン達に遭遇し、SLが通ることを知って、慌ててSL見物を日程に組み入れました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 これは、只見駅で折り返してきたSLが、会津川口駅のホームに入ってくるところです。
 なかなか力強く、迫力がありました ヽ(^◇^*)/

20091103034  撮影は、こんなふうに先にご紹介した構内踏切の中から行ないました (^_^ゞポリポリ
 もちろん、駅長さんに声をかけ、この場所から撮影する許可を頂いての撮影です (^^)v

 駅長さんもそうですが、ホームで列車を誘導する駅員さん達も気さくでとても親切でしたよ(笑い)
 なお、この写真はティンクが携帯で撮ったものです (*^.-^*)♪

 

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 これは、会津川口駅のホームに止っているSLの様子を撮ったものです。

 上の2枚は、ホームに滑り込んできた客車を後ろから撮ってみました。真岡で乗った時の今風に内装が整えられた客車とは違って、かつての懐かしい椅子が取り付けられてある古めかしい客車で、これでなくてはSLの醍醐味は味わえないですよね(笑い)

 このイベントでは、単にSLを走らせるだけではなく、様々な体験イベントや写真撮影なども同時に行なっているようで、会津川口駅のホームにも15分間も停車してくれました。
 その間、乗客達も、ホームに降りて記念撮影をしたり、運転席に乗ったりしてSLの旅を満喫していましたよ(笑い)

 

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 これらの写真は、会津柳津駅のホームから撮った写真です。

 駅の構内には、SLが常設展示されていました。

 只見線では、1974年10月まで蒸気機関車が走っていました。
 当時メインで走っていたのは、C11型蒸気機関車で、それがために、私の中ではC11に対する思い入れは格別です。
 一般的には、D51に代表されるような、力強い、いかにも「蒸気機関車」というSLが人気のようですが、私が実際に乗ったことのあるC11は、私にとってはSLの代表的な存在です o(*^▽^*)o~♪

 この日走っていたC11は、前にもご紹介した「真岡鐵道」で使用されているSLであり、いつもは真岡駅の車庫で待機している車両です。

 このように、真岡鐵道のSLは、会津だけではなく、あちこちのイベントに貸し出されているそうで、人気者のようですよ(笑い)

 

 以上、思ってもいなかったSLに出逢えて、当初予定していた会津川口駅だけの記事よりも、ずいぶんとボリュームある記事になってしまいました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 「会津川口駅」・・・

 今日はへんぴなローカル線の、誰も知らないような小さな駅を紹介させて頂きましたが、何か興味を引かれるような内容がありましたでしょうか・・・ (^.^ゞポリポリ

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2009年11月 2日 (月)

会津帰省記 09霜月編

 先週の土・日を利用して、会津に帰省してきました (^^)v

 一泊二日の強行軍ですから、アレもコレもというようなワケにはいきませんでしたが、今回の帰省の目的は、高校の時の同級生達との飲み会ですから、他ははっきり言ってどうでもイイというか・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 だもんで、実家にも一応顔を出しましたが、滞在時間はわずかに4時間足らず・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 昨日の夜から今日にかけて、目一杯の仕事をしてましたので、こんな時間の更新になってしまいましたが、今日はそんな帰省日記を一つ・・・ ( ^-^)/ ♪

 

 先にも述べましたが、今回の帰省の目的は、土曜の夜の酒宴にあります。
 その待ち合わせ時刻は、会津若松のお店に18時という事で、マゴマゴしていると遅刻してしまいますから、成田の自宅を出発したのが朝の4時(苦笑)

 圏央道の稲敷ICが開通したので、そこまで30分も走れば到着します (^^)v
 以降は、千円乗り放題の恩恵にあずかって、会津までひたすら高速を走ります。

 普通に考えれば、つくばJCTで常磐道に乗った後、いわきJCTで磐越道に乗り換えて会津に向かうのが常道というか、たいていの人ならそういうルートを選択すると思うのですが、紅葉の時期でもありますし、日光方面に向かうマイカーの状況が知りたくて、わざわざ友部JCTで北関東道に乗り換え、栃木都賀JCT経由で東北道~郡山JCT~磐越道という邪道なドライブをしてきました(笑い)

 時間も早かったせいか、東北道もそれほど交通量が多いとは感じませんでしたが、それでも鹿沼付近からは若干混雑してきたように思いました。

 しかし、日光方面への分岐点となる宇都宮ICを過ぎるとスイスイ~ (*^-^*)ノ
 高速無料にすると高速が混雑して高速の役目を果たさないなんて言い分は、まったく杞憂だという事がこれで証明されたわけです (^◇^) 。。。ケラケラ
 だいたい、地方の高速道路が混雑するなんて、盆暮れの時期くらいしかあり得ないですよ。

 

20091103001  予定通り、会津坂下ICで高速を下り、国道252号線で実家に向かいます。
 ご覧のように高速料金は、通常¥5,300のところ、¥1,000 ヽ(^◇^*)/
 ありがたいですねぇ o(*^▽^*)o~♪

 国道252号線は、ローカル線であるJR只見線に沿って設けられていますが、なぜか道のあちこちで三脚やカメラを持った人たちの姿を見かけました。もしかすると、これはSLか何かを撮影するために集まってきた人たちなんじゃないかと思い、村の入口にある会津川口駅に立ち寄って情報を仕入れると、この連休には只見線でSLが走るという事で、通過時刻まで教えて頂きました。

 実家に立ち寄る都合もあるので、下りの列車を見ることはできそうにありませんでしたが、戻ってくる上りの列車なら少し早めに実家を出れば間に合うなと思い、しっかり時刻を確認して実家に向かいます(笑い)

 

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 これは、金山町と私の実家のある山村との境にある「綱木渓谷」と、実家のある里から見える山々です (o^∇^o)ノ
 写真では紅葉の色合いがイマイチですが、実際に目で見るとそれはもう、筆舌に尽くしがたいほどの絶景で・・・(笑い)

 

 そんなこんなで、実家ではお昼をごちそうになっただけで、両親の元気そうな顔を確認して、予定より1時間も早く、13時半には会津川口駅に向かいました ヽ(^o^)尸

 只見駅で折り返してきた、上りのSLの写真をホームから撮り、発車を見送って会津若松に向かいます。
 しかし、途中でSLを追い越したのがわかると、さらに欲が出て、会津柳津駅に車を向けます (^_^ゞポリポリ

 

20091103006  会津柳津駅のホームで待つこと15分ほどで、SLがホームに滑り込んできました・・・ (^^)v

 こちらでは、動画なんかも録ったりして・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 

 つい、SLの追っかけみたいな事をして、気がついたら15時半を回っていまして、慌てて会津若松に向かいます。
 普通に国道49号線を走って若松に向かったのでは、待ち合わせの時刻に間に合いそうにないので、会津坂下ICから高速に乗って会津若松ICへ・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 勝手知った街ですから、抜け道を使って16時過ぎにはホテルにチェックイン (^^)v
 会場となるお店は、ホテルのすぐそばですから、ひと休みしてから、15分前くらいになってから店に向かいました。

 

 私らが座敷に入って間もなく、会津若松の友人3人が次々に現れました。五月の連休以来の再会です (*^.-^*)♪

 お互いの近況や仕事の話しなどを交えながら、3時間ほどたっぷりと飲んで、食べて、語りました。
 高校を卒業して32年、いまだに親しくつき合ってくれる旧友達に感謝です。

 21時にお店を出、次はカラオケボックスに・・・(笑い)
 ここでも、心いくまで飲んで、歌って、楽しみました。

 お開きは、日付が変わってから・・・
 それぞれの思いを胸に家路に向かいました・・・

 

20091103007  翌、日曜日は、7時過ぎに目覚めて、ホテルの朝食をとった後、10時にチェックアウト。

 

 いったん、実家に立ち寄った後、再び会津坂下ICから高速に乗り、今度はいわきJCT経由で常磐道で帰ってきました (^^ゞ

 成田着は19時過ぎ・・・

 強行軍ですから、さすがに疲れましたよ(苦笑)

 

 次の会津帰省は、来年のGWになります ( ^-^)/ ♪

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2009年10月12日 (月)

佐原の秋祭り

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 昨日の日曜日、千葉県は香取市で行なわれた「佐原の秋祭り」に行ってきました。

 

 佐原では、7月と10月に「夏祭り」「秋祭り」が行なわれ、ともに「佐原の大祭」と呼ばれています。

 夏は街の中央を流れる小野川を挟んで東側の本宿・八坂神社、秋は西側の新宿・諏訪神社の祭礼として催されます。

 夏祭りの様子は、「佐原夏祭り」というタイトルで7月にご紹介させて頂きました。

 

 その時に案内して頂いた友人が、秋祭りでは町内の山車に乗ってお囃子を演奏するというので、その勇姿を見物がてら、ティンクと二人で行ってきました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 この友人は、町内でも顔役の方なので、時には近隣の町のお祭りにも呼ばれて、お囃子を演奏したりすることもあるそうで、なかなか頼りになります(笑い)

 上の山車は、それぞれ、上宿の「源義経」・下宿の「源頼義」・上中宿の「鎮西八郎為朝」で、三町の山車を合わせて「源三町」だったかな (^^ゞ
 源氏に所以の人形を乗せた三つの山車ということで、お昼過ぎには三町合同の踊りも披露されました (^^)v

 そして、下の大きな写真が、友人の乗った上中宿「鎮西八郎為朝」の山車で、今回はこの山車を中心に見物してきました (^^)v

 

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 これは、友人の町内にある「東薫酒造」の駐車場に設けられていた休憩所です。

 町内の人たちによる「いわしのつみれ汁」や「さんまの炭火焼き」などのテントの他にも、銚子から来た水産業者による「まぐろの解体ショー」や、成田の「米屋」、富津の「マザー牧場」など、近隣の自治体によるテントもあって、なかなか賑わっていました。

 下は、「まぐろの解体ショー」の動画です (^◇^) 。。。ケラケラ

 佐原の祭りとは直接関係ありませんが、バックに佐原囃子が流れているので、こんな解体ショーもチョッと変わっていておもしろいかなと (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 解体したまぐろは、直ちに隣のテントで、「まぐろ丼」として振る舞われていました。
 さすがにテントの中では一番人気で、長蛇の列ができていました(笑い)

 

 

 

 

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 例によって、オマケの写真です (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

 粋なはんてん姿の若衆たちです。

 犬も、はんてんを着せてもらって、道端で見物していました(爆笑)

 お天気も申し分なく、日向は暑いくらいの日射しで、祭りの最終日を楽しく見物できました (^^)v

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2009年10月 1日 (木)

ぴぃ散歩「真岡編」

  先日の日曜日、真岡鐵道のSLに乗ってみたくて、ティンクと出かけてきました。

 本当は、もっと早くご紹介したかったのですが、撮ってきた写真が370枚と膨大だったのと、仕事が忙しくてなかなか記事をまとめることができなかったのとで、こんな時機を逸した記事になってしまいました (^_^ゞポリポリ

 今日は、そんな道中記を・・・ ( ^-^)/ ♪

 

  朝の7時半、自宅から車で茨城県の下館駅に向かいました。
 休日特別割引を使って、圏央道の稲敷ICから常磐道、北関東道と乗り継ぎ、桜川筑西ICで国道50号線へ。高速料金は千円 (^^)v

 車は、土・日は無料開放されている下館市役所の駐車場に停め、徒歩で下館駅へ・・・

 

 下館駅

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 下館駅の写真です。
 駅を利用するのは初めてですが、思っていたよりもずっとこぢんまりとしていて、さすがにローカルな駅だなと(笑い)

 

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 下館駅のホームの様子です。
 目指す真岡鐵道は、JRではないので、専用のホームが設けられています。

 ホームには、通常走っている「モオカ14形」が停まっていまして、私らが乗るSLは、その隣の引き込み線で待機していました。

 

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 引き込み線で出番を待つC12の勇姿です。
 ホームのお客さん達は、めいめいに携帯やデジカメを向けてその姿を写真に収めていました。

 下の写真は、「モオカ14形」が発車していき、その後に引き込み線から場所を移して停まったC12と、それに連結されている客車の中の様子です。
 車内はそれほど混雑しているわけでもなく、私らと同じ車内には小学生達の一団とそれを率いる先生達の姿も見られました。おそらくは遠足か社会見学なのかなと(苦笑)
 始発駅となる下館発は、10時37分。

 

 真岡駅

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 私らが降りた真岡駅です。到着時刻は、11時12分。
 この駅の様子は、先日の記事でも取り上げましたので割愛します。

 写真は、先日お伝えできなかった東口のものです。外観そのものは西口から撮った先日の写真と同じです (^^;
 この日は、はとバスなんかも止っていたりして(笑い)

 駅舎の中に向かって、埋め込まれていたレールです。廃材利用で、なかなかユニークだなと感心しました。

 この日は、真岡駅で降りて、茂木で折り返してくる上りのSLが戻ってくるまでの4時間チョッとを、真岡市内を散策して過ごすことにしました。

 

 真岡鐵道SL館

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 西口の駅舎の一部に、「SL館」と呼ばれるSL関連のグッズを販売しているブースが設けられていました。
 商品はともかく、そこのオジサンが気さくな人で、いろいろと丁寧に説明してくれるんですよ (*^.-^*)♪
 下の写真は、オジサンに教えて頂いて見てきたC11の車庫と、西口駅前の蕎麦屋さんで食べた昼食です (^^)v

 

 SL車庫

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 これが、私がお目当てにしていたC11の勇姿です。

 この日はあいにくと、もう一台のC12が営業運転をしていました。
 2台の蒸気機関車を交互に走らせているのか、それとも、2台の運行に何かローテーションがあるのかは不明ですが、とりあえず目にすることができたので満足満足っと o(*^▽^*)o~♪

 

 森田屋

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 昼食がまだなら、お勧めの蕎麦屋さんがあるよとのことで、SL館のオジサンに勧められた蕎麦屋さんでの光景です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 ティンクは「天せいろ」。
 私は冷たい蕎麦はあまり好きではないので「山菜蕎麦」を注文しました。
 他に、季節の天ぷらと瓶ビールも (^◇^) 。。。ケラケラ
 確かに、蕎麦も天ぷらも絶品でしたよ ヽ(^◇^*)/

 

 城山公園

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 お腹も膨らんだので、腹ごなしのためにと、二人で市内へと歩き始めました。

 写真は、最初に立ち寄った「城山公園」です。
 真岡城が在った後ということで、石垣などがそのまま残されており、そばを流れる行屋川周辺が水辺公園としてとてもキレイに整備されていました o(*^▽^*)o~♪

 

 般若寺

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 城山橋を渡り、行屋川に沿って少し歩くと、「般若寺」が在ります。

 このお寺は、徳川家光の乳母である春日局の夫だった、稲葉正成の菩提寺として、江戸時代には幕府から朱印寺として庇護され繁栄したそうです。

 境内には、真岡市が選定した古木・名木の一つであるサルスベリの大きな木が植えられていました。

 

 長蓮寺

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 般若寺を出て少し歩くと、真岡弁財天として知られる「長蓮寺」が在ります。

 このお寺も、稲葉正成ゆかりの寺として、徳川家光より朱印十二石を拝領していたそうで、高さ3.45米といわれる日本一の弁天さまがご本尊として安置されています。
 この弁天さまは、もともとは浅草の浅草寺に安置されていたものだそうですが、時の流れの中で、この長蓮寺に安住の地を定めたといわれています。
 ご本尊の両脇には毘沙門天と大黒天が控え、従者として十五童子を配した全国でも貴重な弁財天だそうです。

 

 

 真岡物産会館・真岡木綿会館

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 長蓮寺を出て、大通りを渡ると、「真岡物産会館」と、それに隣接した「真岡木綿会館」が在ります。

  そのなんともレトロな店構えが魅力の「真岡物産会館」は、真岡の特産品の展示即売と観光案内所を目的とした建物です。

 同じ敷地内に建てられている「真岡木綿会館」は、真岡の特産品である木綿をアピールする場所として、昨年の4月にオープンしたそうです。
 中には、12台の機織り機を設置して織姫たちが機を織り、生産工程が見学できるほか、機織りや染色の体験もできます。

 さらに、「真岡木綿会館」は、岡部記念館「金鈴荘」と内部でつながっており、明治初期に二代目岡部久四郎氏が、紫檀・黒檀・鉄刀木などの唐木材を始め、当時としてはなかなか手に入りにくい高級な材料を多年にわたって集め、出入りの職人を使って十年余の歳月を費やして建築したもので、廊下の梁などは長い1本ものを使用しており、驚き以外の何ものでもありません (^^;

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 撮影は禁止ということで、上の写真はネットで探してきたものですが、外観は重厚な印象を受けますが、内部は派手さもなく落ち着いた繊細な空間で、贅を尽くした建物と庭は、一見の価値ありですよ~ o(*^▽^*)o~♪

 

 満川医院

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 別に、観光スポットというわけではありませんが、大通りを歩いていて見かけた開業医です。

 風情のあるそのたたずまいがなんともステキで琴線に触れ、思わず写真に撮ってみました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 看板も、旧書体のまま書かれています。隣の建物も趣があるのですが、こちらは一般のご家庭なのでしょうか (?。?)
 とてもそうは見えないのですが、かといって料亭などの看板も見あたらなかったので・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 その、趣のある建物と医院の間に流れている堀ですが、両側の塀と相まって、いい眺めだと思いませんか (^◇^) 。。。ケラケラ
 まるで、時代劇にでも出てくるような、あるいは、歴史の重みを感じる京都あたりで見かけるような、そんな異空間ですよ (o^∇^o)ノ

 医院の敷地内にあったクスノキですが、これも真岡市の古木・名木に指定されていました。

 

 女体橋

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 ただの橋なんですが、なぜか「女体橋」という名前が付けられています(笑い)

 こういう名前にめっぽう弱いのが、私の弱点です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 海潮寺

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 この日最後の散策先となった「海潮寺」です。

  中世、真岡を中心に周辺を支配していた芳賀氏代々の菩提寺だったそうです。
 江戸時代には、徳川家光から20石の朱印状を受け取って庇護されたそうで、写真の山門は文化3年(1806)に建立されたといわれています。

 

 番外編

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 海潮寺を出たところで見かけた曼珠沙華です。
 普段よく見かける赤い花に混じって、白い曼珠沙華が咲いていました (*^.-^*)♪

 駅へ向かう道筋で見かけた木彫工房です。土地柄なのか、仏所と書かれていました。
 道路に面した建物に貼られた紙には、精神鍛錬にとか書に興味のある方は云々とか書かれていまして、察するところ、お弟子さんを募集しているのかなと (^◇^;)

 最後は、歯医者さんの写真なんですが、表札の代わりに「村上歯科医院」と小さな看板が門柱に取り付けてありました。
 この街の特長なのか、随所でレトロな建物を見かけました。
 この歯医者さんも、この看板が無ければ、まず歯医者さんには見えないんじゃないでしょうか(笑い)

 

 以上、私らが歩いた道筋をたどった地図を下に貼り付けておきましたので、記事と合わせてご覧ください ( ^-^)/ ♪

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2009年9月28日 (月)

SL乗車記

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 昨日、蒸気機関車が牽引する客車に乗ってきました (^^)v

 先日、真岡鐵道の「真岡駅」を記事にした時に、定期的にSLが運行していることを知ったので、せっかくですから乗りに行ってきました(笑い)

 私は、観光ではなく、実際に福島県内を走る磐越西線でSLに乗ったことがあります。
 もちろん、今現役で走っている磐越号ではなく、子どもの頃・・・ですから、もう40年以上も昔の事です (;^_^A アセアセ・・・

 あまりにも昔の事ですから、もうその頃の記憶なんてほとんどないんですが、それでも、昨日乗ったSLの汽笛の音とか、煙の臭いのようなモノを五感で感じて、ああ、懐かしいなぁと思っている自分がいたりして・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 ただ、昨日乗ったSLは、お目当てにしていたC11ではなく、もう一台のC12の方だったことが少々残念でした。
 というのも、C11の方は、かつて私の故郷である会津の路線を走っていたSLということで、馴染みがあったというか、個人的にはC11に一番思い入れがあるからなのですが・・・ (^_^ゞポリポリ

 

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 これは、SLに乗った時に買った「SL整理券」と、車中で検札する時に車掌さんから頂いた「乗車記念証」です。

 「SL整理券」は、乗車券の他にSLに乗る祭に必要なもので、特急券みたいな位置づけのものでしょうか。別に、指定席になっているわけではありませんが、車中で検札がありますので、これがないとその場で購入しなくてはなりません。
 指定席ではありませんが、下館で購入した整理券には、「2号車」と客車の番号が指定されていましたので、他の客車には乗れないようでした。
 しかし、真岡で購入した左の縦長の整理券には客車の番号さえも記入されておらず、お客さんは好きな客車に乗り込むことができましたよ(笑い)

 おそらく、下館駅では始発になるので車両を指定されたのではないかと・・・ (^^;
 それに対して、真岡駅では途中乗車になるので、空いている席に座ってくださいという事なのではないかと思うのですが・・・ (?。?)

 

 下に、それぞれのシーンの動画を貼り付けましたので、百聞は一見にしかず。まずはそちらをご覧ください ( ^-^)/ ♪

 

 これは、真岡鐵道の下館駅で、待機場所に停まっている蒸気機関車の様子と、発車時刻が近づいたので、ホームに入ってくるところを録ったものです。

 発車ホームには、一般の気動車が発着しているので、出番が来るまで隣の引き込み線で待機しているC12です。
 お呼びがかかったので、引き込み線からいったん踏切の先まで進み、ポイントを切り替えて、バックでお客さんが待っているホームに入ってくる様子です。
 駅を発車したSLがバックで戻ってくるのは、忘れ物をしたからでも、乗り遅れた乗客が居たからでもありません、念のため (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 

 これは、下館駅のホームを出発する時の車窓と、真岡駅のホームに到着する時の車窓です。

 冗長なので、関心の無い方には退屈なだけの動画だと思いますが、真岡鐵道というローカル線沿線の様子などをうかがい知るには少しはお役に立てるかな(笑い)

 

 

 これは、私らの目的地である、真岡駅のホームから、茂木方面へと発車していくSLの様子を録ってみました。

 下りたホームの最前部で、デジカメを手に狙ってみました (^^)v

 

 

 これは、上りのSLが下館駅に到着し、当日の運行が終了したので、真岡駅のSL車両基地までディーゼル車で客車ごと引かれて戻る様子を録ったものです。

 後ろ向きに走り去る蒸気機関車なんて、なかなかお目にかかることはできないんじゃないでしょうか (^◇^) 。。。ケラケラ

 なお、この際にも真岡駅まで客車に乗車することができまして、その際には蒸気機関車が運転しているわけではないので、500円の「SL整理券」は不要ということで、乗車券のみで利用することができるそうです (^^)v

 

 正直、もっとお客さんで混み合うのかと思っていたのですが、意外と少なくて、好きな席に余裕で座ることができました(笑い)

 やはり、一日一往復とはいえ、毎週定期的に運行しているので、昨日でなければという心理的な圧迫もなく、土日ならいつでも乗れるという安心感があるから、マニアが一度に押し寄せるようなことも避けられるのかな (^^;

 何はともあれ、とても有意義で貴重な、SLの乗車体験をしてきましたよ o(*^▽^*)o~♪

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2009年9月23日 (水)

富士山本宮浅間大社

 この連休に、ティンクと清水まで温泉に浸かりに行ってきまして、一昨日の21日に帰宅の途につきました。

 その道すがら、かねてより予定していた、富士宮市に在る「富士山本宮浅間大社」、通称「富士宮の浅間神社」に寄ってきました。

 

 この神社は、全国に1300余りあるといわれる「浅間神社」の総本宮であり、私の住んでいる成田の三里塚にも「浅間神社」が存在します。

 

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 これが、成田市三里塚にある「浅間神社」です (^^)v

 このように、全国各地に「浅間神社」が建てられた理由ですが、江戸時代から盛んに行なわれるようになった富士山信仰にあります。
 富士山参拝は、庶民にとって生涯の夢であったといわれていますが、当時は交通事情も悪く、多額の旅費が必要であったことから、全国各地に富士山崇敬を目的とした浅間神社が建立されました。

 この三里塚の浅間神社も、明治19年4月に建立されたということで、例祭は富士山の山開きの日にあわせて、7月1日とされています。

 ほとんどの浅間神社の起源は、この富士宮の大社にあるといわれ、富士山の大噴火を恐れる人々の心を鎮めるために、第11代の垂仁天皇の勅令をもって、火山鎮護の神である「木花之佐久夜毘売命(このはなのさくやひめのみこと)」を祀ったのが始りとされています。

 なお、女神であったことから、浅間神社は、安産・子育ての守護神として広く崇められています。

 

 下の図は、総本宮の公式HPからお借りしてきた境内のマップです ( ^-^)/ ♪

 私たちは、イオン富士宮店の脇を通り、踏切を渡って「浅間大社前」の交差点を左折して駐車場に向かいました。

 目の前の第二駐車場に入れようと思っていたのですが、満車で入れず、さらに車を進めて、奥の第一駐車場の方に停めました (^^)v
 こちらの方は、まだかなり余裕がありました。

 

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 上の2枚が「楼門」、下の2枚が「拝殿」の写真です。

 慶長9年(1604年)に、徳川家康が奉賽のために造営したものといわれ、寛永や安政等の大地震の被災を免れ、今日にその姿を留めています。

 全国の総本宮ということで、もっと荘厳で巨大な社殿をイメージしていたのですが、意外とこぢんまりした感じで、正直こんなものなのかなという思いがしました (^_^ゞポリポリ

 

20090922015 総門の前の石段で跪いている男性が写っていますが、鉾立石の周囲に張られたしめ縄を新しいものに付け替える作業をしているところです。

 

 

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 社殿の右奥に広がっている、「湧玉池 」の一角に設けられている「水汲み場」です。

 水汲み場には、横に長く設置された竹の所々にいくつも穴が開けられていまして、そこから御霊水がチョロチョロと流れ落ちており、たくさんの方がポリタンクなどを持参して汲んでいました。
 湧水そのものは無料のようでしたが、容器を持っていない人のために、500mlのペットボトルの空容器が200円で売られていました(苦笑)
 代金は、お賽銭ということで、なかなかうまい「水商売」だなと (^◇^) 。。。ケラケラ

 ただ、この湧水は一度煮沸してから飲用してくださいということで、そのまま直に飲むことはできないようです (^^;

 

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 湧玉池の写真です。鯉と鴨がたくさん泳いで居ました (*^.-^*)♪

 富士山の伏流水が、一年間ほとんど増減なく毎日約20万tも湧き出ていて、池に注いでいるそうで、手を入れるととても冷たく、どこまでも透明に透き通っていました。

 境内はとても広く、神社の施設の他にも、ふれあい広場には子ども達が遊ぶ広場とかも設けられていて、近所のお年寄りだと思うのですが、将棋なんかを指している姿も見られましたよ。

 

 ホントは、この後、名物の富士宮焼きそばを食べるつもりでいたんですが、ホテルの朝食バイキングをしっかりと食べていたので、お腹は空いてなく、並んでまで食べる気もしなくて、そのまま神社を後にしました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 とはあれ、なんとも有意義な一時でした (^^)v

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2009年9月20日 (日)

旅の空から

 連休を利用して、駿河の国の温泉に来ています (*^-^*)ノ

 

 ここは、2月にもティンクと二人で利用しました。
 その時の記事がこちらです ( ^-^)/ ♪

 連休とはいっても、自営の私にはあまり関係のないモノなんですが、世間並みにチョッと日常を離れてみようかと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 で、今日、明日と、一泊二日で温泉旅行となりました (^^)v

 

 今朝、いつものように7時に目覚め、イルカの声を一通り聞いてから、9時半に成田を出発しました。
 各地の高速道路はかなり混んでいるようですが、そういう道はハナから利用するつもりはないので、かなりマニアックなルートを選び、のんびりと駿河の国に向かいました。

 

 とりあえず、給油とタイヤの空気圧の点検をする都合がありますので、いつも利用している四街道ICそばのガソリンスタンドまでは下道で向かいます。
 目的を果たした後は、すぐに東関道に乗って、湾岸市川ICで下車・・・

 その後は、国道357号で有明まで走り、レインボーブリッジの下を通って、海岸通りから山手通り、中原街道、環八と一般道を乗り継ぎ、第三京浜で横浜新道へ・・・
 この辺りは、全く混雑しているところもなく、快適なドライブをしてきましたが、さすがに横浜新道の戸塚料金所から先は、国道1号線の原宿の辺りまでギッシリと渋滞しているようなので、迷わずに川上ICで一般道へ下り、抜け道を通って、戸塚駅前から田谷、藤沢橋と走り抜け、国道134号線へ抜けました (^^)v
 ここからは、海岸線を快適にドライブ。

20090920041_2 ただ、湘南大橋の手前からキツイ渋滞になったので、湘南大橋を渡ったところで内陸の通りを走って国道の渋滞を交わし、下花水橋を渡って唐ヶ原の交差点へと抜け、あとは西湘バイパスを通って、横浜新道で箱根を超え、ひたすら国道1号線を走って駿河健康ランドへと向かいました。

 写真は、国道1号線と国道246号線が交差する、上石田交差点付近から見た富士山です。

 

 総走行距離は、約240km。
 所要時間は7時間。
 使った有料道路代は、ETC割引きもあって、総額で1,100円 (^^)v

 内訳は・・・

 東関道(四街道→湾岸千葉) 550円(休日3割引き)
 第三京浜道路 200円
 横浜新道 150円
 西湘バイパス 100円(休日5割引き)
 箱根新道 100円 (休日5割引き)

 

 あとは、温泉に浸かって、お酒と美味しい食事で楽しい時間を過ごします ヽ(^◇^*)/

 

 皆さんも、楽しい休日をお過ごし下さい ( ^-^)/ ♪

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2009年9月17日 (木)

真岡駅

 5月の事なんですが、栃木県の小山市にお住まいのネッ友さんから教えて頂いた、真岡鐵道「真岡駅」
 その、なんともユニークな姿に魅了されて、通る機会があればぜひこの目で見てみたいとずっと思っていたんですが、一昨日、宇都宮への仕事の帰り道、やっとその夢がかないました (^^)v

 

20090917024_2  左の写真は、ネットで見つけてきた写真で、さすがに構図もよく、綺麗に撮れています。
 下に、私が撮ってきた真岡駅の同じようなアングルの写真を載せておきましたが、あいにく写真を撮った時には駅舎の前に客車が停まっていて、うまい具合には全体像を納めることはできませんでした。
 それでも、30分ほどは粘ったんですが、ついに動いてくれることはありませんで・・・ (^^;
 それもそのはずで、この客車は、SLが牽引する客車ということで、平日に動くことはないようです (^◇^) 。。。ケラケラ

 この駅舎は、1997年(平成9年)の3月に出来上がったそうで、蒸気機関車をモチーフにした4階建ての複合施設になっています。
 3Fの「真岡市情報センター 」には、真岡市民向けフリースペースとしてパソコンが無料で開放されており、高速回線接続によるインターネットも利用できるということで、なんとも夢のある駅舎ではありませんか(笑い)

 ちなみに、この駅舎は、「鉄道の日」行事の一環として同年に実施された「関東の駅百選」で、第一次選定の21番目に選ばれており、その手の方面ではけっこう有名な駅舎ということですが、私は鉄ちゃんではないので、ネッ友さんに教えて頂くまでまったく存じませんでした・・・ (^_^ゞポリポリ

 

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 真岡駅の全体像です ( ^-^)/ ♪

 時間的な余裕があれば、反対側の東口の方からも見てみたかったのですが、残念ながら今回はかないませんでしたので、そちらについては次回に譲ることにします (^_^ゞポリポリ

 

 駅舎がSLの形をしているのには理由があって、真岡鐵道では「下館」~「茂木」間を、土・日・祝日に限って、1日1往復SLが定期的に走っています ヽ(^◇^*)/
 駅舎の前に停まっているレトロな客車は、SLが引っ張って走る際に実際に用いられるものだそうです。

 

20090917026_2  左の写真は、ネットで拾ってきたものですが、真岡鐵道は通称「レールバス」と呼ばれるディーゼル車輌が走っている路線なので、一般の電車が走るために設けられているような架線は一切ありません。
 それがために、蒸気機関車が走っていてもまったく違和感なく見ることができるそうで、機会があれば、こちらのSLもぜひ見てみたいものだと思っています。

 走っている蒸気機関車は、C11C12の二種類です。

 C11は、新潟県の阿賀野市に、C12は、福島県の川俣町にそれぞれ保存されていたものを譲り受けて修理したものだそうで、特にC11の方は私の故郷である会津の磐越西線や只見線で走っていたこともあるそうで、そう思うと、もしかしたら私が子どもの頃に乗った客車を引っ張っていたこともあるのかなとも思え、なんとも感慨もひとしおです o(*^▽^*)o

 下に、今年度分の運行スケジュールと発車時刻を載せておきます (^^)v

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 最初の写真は、駅の東口と西口とを結ぶ、ペデストリアンデッキ(東西自由通路・自転車対応)です。私は、ここを通ってホームの中に入っていきました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 お陰で、貴重な写真を撮ることができました(笑い)

 次の写真は、改札口の様子や、現在主力で走っている「モオカ14形」と呼ばれる気動車輌が待機している車両基地です。

 下の3枚の写真は、ホームの脇に停まっている廃車車両と、SLが牽引する客車の写真です。

 

20090917021 20090917012

 真岡駅の構内には、廃車車両がいくつも留置されています。
 上の2枚は、そんな廃車車両を、ホーム側からと、道路側から、それぞれ撮った写真です。

 これらの車両は、当初は別の場所に展示される予定だったのが、諸般の事情で現在の場所に展示というか、放置されたままになっています (^^;
 現状では車両の移動も困難で、作業場所や費用の問題で解体はないとされているようですが、現在の経営状況などでは、今以上の整備は難しいという事です。

 下に、そんな放置されたままの廃車車両の写真を何枚かアップしますが、私自身がそうであるように、どちらかといえば、駅舎よりもこちらの写真の方に興味を示される方も少なくないと思います(苦笑)

 

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 最後に、駅のホームから録った動画をアップしておきます (^^)v

 モオカ14形と呼ばれる、今現在主力で走っている気動車両が下館方面からホームに入ってくるシーンと、途中、運転手の交替が行なわれた写真を挟み、茂木方面へと出発していくシーンです。
 出発していく後半の動画は、反対側のホームから録ってみました (^^)v

 たった1両編成のディーゼル気動車両が、ゆ~っくりと走って行く様子がなんとも可愛らしくてね o(*^▽^*)o~♪

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2009年9月 7日 (月)

花嫁街道

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 先日、館山に仕事で行った帰り道、前々から温めていたネタの情報収集をしてきました (^_^ゞポリポリ

 ・・・といっても、根性無しですから、ホンのさわりを撫でてきただけで、記事として紹介するにはおこがましいのですが・・・(笑い)

 

 房総半島の最南端に位置する館山市(厳密にいえばチョッと違いますが (^_^; )の隣に、今は合併で南房総市と名前を変えましたが、かつて「和田町」と呼ばれた町がありました。

 和田町は、国内でも数少なくなった捕鯨基地が町内にあり、鯨料理が普段から食べられる町として有名なのですが、他にも珍しいものがありまして、今日ご紹介する「花嫁街道」もそういうものの中の一つです。

 

 もう、10年くらい前の事になりますが、館山への納品で海岸線沿いの国道を走っていると、「花嫁街道」という、なんともロマンチックな名前が書かれた立て札を見かけた事がありました。
 以来、ずっと気にはなっていたんですが、その正体を確かめる機会もなく、今日までズルズルになってしまっていましたが、いつかはブログで紹介したいとは思っていました (^_^ゞポリポリ

 勝手な思い込みですが、「花嫁街道」というからには、その昔、その道を通って花嫁が嫁いできたのかなとか、いろいろと想像はしていたんですが、その実態は私のイメージしていたものとはずいぶん違っていました (;^_^A アセアセ・・・

 この写真が、国道に立てられている案内板の一つです。
 私は、ここから車を乗り入れて、「花嫁街道入口」まで行って来ました (^^)v

 その先の「花嫁街道」本体の部分は、ハイキングコースですので、徒歩でないと通行は無理ですから、今回は行くのを諦めましたが、私は根性無しですから、たぶん、この後も実際に歩くことは無いと思われます (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 ・・・という事で、以下は、国道から「花嫁街道入口」までの道筋に立てられている案内板と、その先の道の様子を撮った一連の写真です ( ^-^)/ ♪

 

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 国道から入ってくると、すぐにT字路に突き当たり、ここを案内板に従って右に曲がって車を進めます。

 

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 ここも案内板に従って進みます。
 このあたりの道路は、まだ走りやすかったです (^^)v

 この写真を撮った場所で、道端の畑で働いていたおばちゃんや、犬を連れて散歩していたオジサンにチョッと声をかけて取材をしてきました (^^)v
 それによると、「花嫁街道」は、道そのものは昔からあったけれど、そういう名前が付いたのはそんなに昔の事ではなく、ワリと最近のことだと・・・ ヾ(;´▽`A``
 そのコメントを聞いて、ガラガラと音を立てて崩れていく「花嫁街道」のイメージ・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 でも、まぁ気を取り直して奥に進みます・・・ (^^;

 

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 この案内板を左折した先は、車一台がやっと通れるくらいの道になってしまい、進むのにチョッと勇気が要るような、不安な感じがしてきました・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

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 畑の間に作られた、ほとんど農道というか、山道というか、そんな趣の道が続きます・・・(苦笑)
 道はどんどん狭く、気持ちも心細くなっていきました・・・ (^^ゞ

 

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 この案内板の所で、農家の軽トラとすれ違ったので、手を挙げて車を止め、チョッとお話を伺ってきましたが、帰りが心配になるくらいのとても心細い道でしたよ(笑い)

 実は、道の先がどうなっているのか不安だったので、ここに車を置いて歩いて行こうと思っていたのですが、歩き始めた時に向こうから軽トラがやって来るのが見えたので、チョッと様子を聞いてみようと思ったわけです。
 それによると、この先の橋を渡ったところに車を停めるスペースがあると言われたので、車に戻ってさらに奥へと車を進めます (^_^;

 

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 これが、「花嫁街道入口」となる、ちょっとした広場というか、空き地です。
 車で来れるのもここまでで、この先は行き止まりになっており、農業とか林業などを営んでいる限られた人のみが用いているだけのようです。
 2枚目の写真に写っている小屋は、「和田浦歩こう会」が設置した公衆トイレで、その前に花嫁街道へと続く小高く盛り上がった場所が見えます。

 花嫁街道の入口ということで、ここまでマイカーを乗り付ける方も居らっしゃるようですが、山間部だけに駐車スペースはそれほど広くはないので、一般的には、国道沿いの「歩こう会ビジターセンター」や「町営駐車場」、国道からちょっと入った所にある「うな陣」の駐車場が開放されているそうなので、そちらに停められる方が多いようです。

 

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 これが、「花嫁街道」の姿というか、正体です (^◇^;)

 車も停められる空き地から、「花嫁街道入口」という道標が立っているところに向かう辺りを撮った写真と、道標の写真が上の2枚です。

 下の2枚は、道標から50mほど足を運んでみた花嫁街道の様子です。
 こんな道では、もし花嫁が実際に歩いたとしても、イメージしていたのとは違って、花嫁衣装で行列を組んで歩いたというのは無理でしょ (^◇^) 。。。ケラケラ
 せいぜい、野良着を着て歩いてきて、嫁ぎ先で着替えるというのが一般的だったんじゃないのかな (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 これら2枚の写真は、ネットで見つけてお借りしてきたものですが、最初の写真は、国道付近に設けられているという「花嫁街道」の全体図というか、コースを描いた案内板で、「和田浦歩こう会」という地元の有志が設置したそうです。

 次の可愛らしい写真は、烏場山頂上に置かれているという花嫁姿の石像です(笑い)

 

20080525009_2  こんな姿ではこの道を歩くことはかなわなかったと思いますが、花嫁といえばやっぱり文金高島田に角隠しを付けた姿をしていなくちゃねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ
 ・・・ということで、左の写真は、昨年潮来市に行った時に撮ってきた、前川あやめ園に設置されている「潮来花嫁さん」のモニュメントです。これぞ日本の花嫁という姿をしているでしょ (^^)v

 

 この「花嫁街道」と呼ばれている道は、その昔から、山間に在る上三原の集落と、和田浦を始めとする海辺の集落との交流道として存在していたもので、海辺の集落からは魚貝類や塩などの海の幸を、山の集落からはカゴや樽などの漁具の材料となる竹を運ぶ、生活物資の往来はもちろんのこと、学校への通学路としても利用されたようです。
 もちろん、名前の由来となった花嫁たちも、この道を通ってそれぞれの集落へと嫁いでいったものと思われます。

 昭和30年代にハイキングや登山がブームになり、日本中でハイカーや登山者の姿が見られるようになると、この道を通って、「烏場山(からすばやま)」に登る人が増えたそうです。
 この烏場山は、2004年10月5日付けの朝日新聞で発表された、岩崎元郎さんが選定した「新日本百名山」の一つにも選ばれている山だそうです。
 百名山とはいいますが、千葉県には500mを超える山というのは存在せず、一番高い山でも408mの愛宕山ということで、烏場山も標高は265mしかなく、「山」と呼ぶにはあまりにも低いものであることは否めません (^^;
 しかし、この山からの眺望は素晴らしいそうで、房総の山々はもちろんのこと、遠く伊豆半島、富士山、伊豆大島等も見えるそうです。

 昭和50年代に入ると、地元有志たちが集まって「和田浦歩こう会」を設立し、彼等を中心にして、昔とは多少道筋は変わってはいるものの、地元に昔から在る花嫁街道を楽しく歩いていただこうと、ハイキングコースとして道を整備し、名称も、花嫁行列も通ったという言い伝えから、「花嫁街道」と名づけられて今日に至るそうです。
 という事は、「花嫁街道」という名前そのものは、まだ30年くらいの歴史しかないという事になります。

 しかし、この「花嫁街道」という名前とハイキングコースは、後世まで伝えて残してほしいものですね o(*^▽^*)o~♪

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2009年9月 2日 (水)

アクアライン

 昨日、仕事で川崎の浮島まで行ってきまして、せっかくですから先月から料金が大幅に割引されたアクアラインを使って帰ってこようと思い立って渡ってきました (^^)v

 

 この「東京湾アクアライン」は、神奈川県の川崎市から、東京湾を横断し、千葉県の木更津市へ至る高速道路で、1997年12月に開通しました。

 川崎側の9.6kmが「アクアトンネル」と呼ばれるトンネルで、木更津側の4.4kmが「アクアブリッジ」と呼ばれる橋になっており、その境の人工島には「海ほたるPA」が設けられています。
 このように半分をトンネル、半分を橋としたのは、トンネルだけにすると費用が莫大になること。そうかといって橋だけで作ると、世界でも有数の混雑した東京湾だけに、大型船舶が航行するときの支障となるためといわれています。

 しかし、裏では、ゼネコン、橋梁会社、全ての会社に利益が行くように、工事を分割したためともいわれていますが・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 このアクアラインは、総工費が約1兆4,409億円といわれており、当初は普通車で5,000円の通行料金を予定していました。
 しかし、15km程度の区間の通行料としてはいくらなんでもバカ高いとクレームが付いて、急遽4,000円の料金に下げて開通しました。

 開通が12月だったこともあり、クリスマスや年末年始の時期はとても混雑しましたが、その後はほとんど利用されることがなく、「ムダな道路」というレッテルを貼られてしまいました (^^;

 利用されない原因は、高額の通行料金にあることは明白であるために、その後普通車は3,000円に値下げされ、さらにETC利用で2,320円にまで下がりました。
 この程度まで下がれば多少は通行量も増えたのですが、それでも仕事で走るのならまだしも、マイカーの利用はそれほど多くはありませんでした。

 そこに爆弾を仕掛けたのが、今年新しく千葉県知事となった森田健作です。
 通行料を8月からETC利用車に限り800円とイッキに下げました ヽ(^◇^*)/

 これによる通行量の劇的な増加はいうまでもありません。前年同期と比べて5割増といいますから、やはり安ければ利用価値の高い道路というのは間違いのないことで(笑い)

 

 という事で、800円なら惜しくはないと思って走ってみたんですが、料金所を通過した時に表示された料金は「割引640円」の文字・・・ (゚◇゚;)!!!
 つまり、軽自動車は普通車の2割引料金というのは、今回の割引料金にも適用されているということで、この料金なら首都高の700円(ETC割引きでさらに安くなりますが)と比べても遜色ないというか、コストパフォーマンスを考えればアクアラインを通った方が安いんじゃないかと思ってしまいます (^^)v

 

 以下は、昨日撮ってきたアクアブリッジの部分の写真です。
 トンネルの方の写真は、普通のトンネルとほとんど変わらない光景なので割愛します(爆笑)

 

20090902001

 トンネルを抜けたところの写真です。左手に「海ほたるPA」に向かう連絡路があるのですが、すでに通り過ぎたところです。

 昨日は台風11号のために、アクアラインは全面通行止めとなっていました (^^;

 

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 ご覧のように、今日は台風一過で、風もほとんど無く、快適に走行できました o(*^▽^*)o~♪

 

20090902003

 橋の真ん中くらいから木更津側を見たところです。

 この橋は、長さでは日本一だそうで、はるか遠くに見える木更津の市街がなんとなくいい雰囲気で (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20090902004

 料金所まであと2kmの表示が見えてきました。

 川崎の浮島JCTから木更津の金田ICまで、普通に走っても20分かからないと思うので、この程度の通行料金でなければ、やはり利用するのには躊躇してしまいます (^^;

 

 木更津からは、国道16号線で市原に抜け、そこから「御成街道」で八街に抜けて帰ってきました (^^)v

 混むようなところも無く、快適なドライブでした (^_^)V。

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2009年8月21日 (金)

船橋市丸山

 千葉県の船橋市に、「丸山」という町名があり、1丁目から5丁目まで存在します。

 

20090819002_2 

 

 これがその船橋市丸山の地図ですが、ご覧のように完全な飛地になっており、周囲を鎌ヶ谷市にグルッと囲まれています。

 船橋市の「丸山」が飛地だという事は、地元でもそれほど知られているハナシではないんですが、実は、鎌ヶ谷市にも「丸山」という町名が在って、こちらは1丁目から3丁目まであるという事はほとんど知られていません (^^;
 上の地図で見ても、ホンの1km程度しか離れていませんから、目と鼻の先に二つの丸山という地名が存在している事になります。

 

 実は、船橋のお店に勤めていた15年くらい前の事ですが、この船橋の丸山に配達に行った事がありまして、伝票の住所をいくら探しても目的のお宅が見つからなかった事がありました。
 丁目と番地は確かにそこに存在するのですが、そこのお宅の表札の名前が伝票に書かれているのとは違うんですよね (^_^ゞポリポリ

 で、伝票に書かれている番号に電話をかけて確かめてみたんですよ。
 もちろん、この当時は携帯電話なんて一般的な通信手段ではありませんでしたから、公衆電話を見つけてそこからかけるのが普通でしたが・・・ (^.^; ポリポリ
 すると、電話の向こうではそこは船橋の丸山だから、鎌ヶ谷の丸山に来いと・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 その時初めて知ったんですが、「丸山」という地名は「船橋」と「鎌ヶ谷」の両方に存在して、お互いに目と鼻の先にあるわけですよ・・・
 紛らわしいったらないですよね、ホント・・・ (ノ_-;)ハア…

 もちろん、勘違いしたのは私の落ち度ではあるわけですが、その当時は「丸山」といえば「船橋」だとばかり思っていまして、他にも同じ名前があるなんて夢にも思いませんでした。
 そんなわけで、「鎌ヶ谷市」と住所の頭に書かれていたとは思わずに、そそっかしい私は「丸山」という町名を見ただけで船橋の丸山に向けて走り出したというわけで・・・

 まぁ、間違えたとはいっても、目的地は目と鼻の先ですから大事には至らず、配達先の家人も笑って許してくれましたが・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 同じ地名なんて、世の中にはたくさんありますから、似たようなご経験をお持ちの方はきっと少なくないんじゃないかな(苦笑)

 

 船橋市の飛び地であるこの「丸山」は、江戸時代に新しく開墾された、いわゆる「新田」の一つという事で、こうした新田はその後の市町村化や、さらにはそれら同士の合併の中で、飛び地となることが少なくないそうです。

 丸山は、その名前の通り丸い形をしており、周囲は谷になっていて、この地区は小高い山になっています。
 そのために、昔から水の便が悪く、周囲では稲作が行なわれていたにもかかわらず、丸山地区だけは水田が作れずに畑作が中心だったといいます。
 明治時代には、水の利権争いが絶えず、この時に丸山地区は鎌ヶ谷村ではなく、船橋町に属す事を選択し、飛地となって今に至ります。

 

 丸山地区内には、丸山小法典東小の二つの小学校がありますが、中学校はありませんから、船橋の藤原地区にある法典中学校に通う事になりますが、飛地ですから鎌ヶ谷市の馬込沢地区を通って通学する事になります (^^;

 

 地理的にいっても、船橋市の飛地として存在するよりは、鎌ヶ谷市に編入してしまう方が自然なのでしょうが、それぞれの自治体や住民たちにもいろいろと都合や思惑があるらしく、いつまで経っても飛地のままで存在しています。
 そして、いつも不利益を蒙るのは飛地内に住んでいる住民の人たちなんですよね (__;)

 そんな事を思うのは、よそ者の私だからであって、もしかしたら丸山地区に住んでいる方たちは、飛地である事になんの不都合も感じていなかったりして・・・ (^.^; ポリポリ

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2009年8月20日 (木)

長狭米

 昨日、仕事で南房総市まで行って来ました。

 その帰り道、以前に寄った事のある「大山千枚田」に寄り道してみました。
 2年前の5月にここに立ち寄って、その模様を記事にした事があるんですが、あの時は田植えが済んで間もなくでしたし、稲刈りも近いだろう今頃は、棚田の様子はどんななんだろうと気になったので、せっかく近くまで来ているので、行ってみる事にしたわけです (^^)v

 

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 県道34号線から、千枚田のある大山地区に入っていく入口にあたる場所です。
 鴨川方面から東京湾に面した鋸南町方面に向かって走ってきて、ここを左折して山の中に入っていきます。

 次の写真は、県道から左折してすぐの道路で、決して広くはない道で、いきなり上りになります (^^;

 道なりにチョッと行くと、このようなトンネルがあります。

 

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 トンネルを抜けた先の道路です。狭く、曲がりくねった山道ですが、そう長くはないです(苦笑)

 チョッと登って行くと、すぐに左手に棚田が広がっているのが見えてきます。
 ここまで登ってくると、駐車場は目の前です (^^)v

 

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 上の駐車場から、通り過ぎてきた下の駐車場方面を見たところです。

 右に、2年前に撮った田植えが済んだ頃の写真を載せましたので、見比べてみてください ( ^-^)/ ♪
 個人的には、水面が見える右側の写真の方が、より棚田らしく見えて好みです(笑い)

 

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 上の駐車場からさらに上方向を見たところです。

 駐車場のところから、案山子が道に沿ってズラ~ッと並んでいました。
 地元の人が作った案山子らしく、通し番号と題名とが書かれていました。

 奥まで歩いて行って見てくるだけの時間的な余裕も根性もなかったので、駐車場の周りのものだけ写真に収めてみました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 タイムリーな題材が多く、ハリーポッター、マイケル・ジャクソン、そして直江兼続らしき案山子です(笑い)

 

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 あぜ道に咲いていた花たちです。

 左側は「ネリネ」、右側が「ハナトラノオ」です。
 ネリネは彼岸花に似ていて、私ももしかしたら見た事のない彼岸花かと思って写真に撮ったのですが、ティンクがネリネという花だと教えてくれました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 別名は「ダイヤモンドリリー」という事で、ヒガンバナ科に属するそうなので、彼岸花に似ていても不思議はないなと (^◇^) 。。。ケラケラ

 ハナトラノオは、シソ科の植物という事で、これもティンクに名前を教えてもらいました (;^_^A アセアセ・・・

 

 

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 大山千枚田からの帰り道、県道を鴨川に向かって走っていると、ご覧のような稲刈りの光景に遭遇しました (^^;
 もちろん、今年稲刈りを見るのはこれが初めてです。

 タイトルからもおわかりのように、今日の本題はここからです(爆笑)

 来月に入れば、多くのところで稲刈りの光景が見られると思いますが、さすがに8月中に稲刈りをしているところを見るとは思わなかったので、さっそくデジカメを手に車を降り、撮影を開始です(笑い)

 下にも、動画をアップしましたので、コンバインが稲を刈り取っていく様子をご覧ください ( ^-^)/ ♪

 

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 その後、道沿いにあったお米屋さんに立ち寄り、チョッと話しを伺ってきました。

 お店の名前は「竹ノ内米店」といって、帰宅してネットで検索するとHPをお持ちでした (^_^ゞポリポリ

 

 鴨川市は、市内を流れている川が京都の「鴨川」に似ているという事から、「加茂川」と字を変えて呼ばれていた事に由来し、もともとは「加茂川」と言っていたそうですが、町村合併時に「加茂」を「鴨」に変え、「鴨川」となったといわれています。

 その「加茂川」の流域は、この地域の古い土豪の一人である長狭氏の名前をとって「長狭地方」と呼ばれ、昔から関東有数の米どころとして知られていたそうで、明治4年に行われた明治天皇即位の大嘗祭に献上される米を作る斎田にも選ばれました。

 その長狭地方の中でも、棚田が広がる大山地区は、加茂川流域で最も源流に近い地域で、生産されるお米の品質ランクも最高と評価されているそうです。

 

 この長狭地方で収穫されるお米は「長狭米」と呼ばれ、香取郡の「多古米」と並んで千葉県のブランド米として市場に流通しています。
 シャリにこだわるお寿司屋さんのあいだでは、昔から長狭米がもてはやされてきたそうです。

 その長狭米の中心は、早場米の「こしひかり」と「ふさおとめ」の2品種という事で、他には「ふさこがね」や「あきたこまち」なども栽培されているそうです。

 毎年、今頃になると稲刈りが始まるそうで、長狭地方は千葉県内でも最も早い早場米地帯として知られており、早いところではお盆前に刈り取りが行なわれる田んぼもあるそうで・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 私は、「長狭米」という名前を今回初めて知りました (^^;
 機会があれば、一度食べてみたいと思います (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2009年8月17日 (月)

鹿島神宮

 昨日、茨城県の鹿嶋市にある「鹿島神宮」に行って来ました。

 先週、利根川を挟んで千葉県側にある「香取神宮」に行って来たので、どうせですから、今週は対岸に渡ってみようと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 鹿島神宮が作られたのは、一説には紀元前660年といわれ、それが本当なら日本でも最古参の神社の一つという事になります。
 それはともかく、平安時代に「神宮」の称号で呼ばれていたのは、「延喜式神名帳」によると、「伊勢神宮」「鹿島神宮」「香取神宮」の三社だけだったといわれますから、東国のみならず、日本国内においても由緒正しい神社だったという事が伺えます。

 

 下は、境内で撮ってきた鹿島神宮の写真と、境内の案内図です。

 

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 これは、朱塗りの楼門で、熊本の阿蘇神社、福岡の筥崎八幡宮と並んで日本三大楼門の一つになっているそうです。
 この三つの楼門がどういう基準でベスト3に選ばれたのかは不明ですが、三本の指に数えられるという事はそれだけでも名誉なことだと思います (^^)v
 この楼門は、寛永11年(1634年)に、水戸初代藩主の徳川頼房によって奉納されたそうです。
 ちなみに、頼房は水戸黄門と呼ばれた徳川光圀の父親です。

 左側の写真は、外から境内の中に向かって見たところ、右側は、中に入って楼門を裏手から見たところです。

 

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 これは、楼門をくぐって、奥宮に通じる参道を見たところです。
 参道の左手には社務所、右手にはおみくじを販売している建物と、その奥には鹿島神宮のメインの社殿となる「拝殿」と「本殿」が見えます。

 

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 これは、拝殿を正面から見たところと、その奥に建っている本殿を撮った写真です。
 建物の横手は立ち入り禁止のエリアが設けられていて、本殿の全体像を納めることができませんでした (^^;

 下に、公式HPから拾ってきた「境内の案内図」を載せましたので、写真と見比べてみて下さい ( ^-^)/ ♪

 

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 これは、境内にあった「鹿園」で、鹿たちにエサを与えている親子連れの様子を録った動画です。
 エサはそばにあるお店で買うのですが、中身はニンジンです(笑い)
 鹿たちにとってニンジンはおやつであり、主食はおからだそうです。

 「鹿島神宮」という名前からもわかるように、鹿はこの神社のシンボル的な存在なのですが、もともとは「香島」という名前だったそうで、奈良時代に神の使いとされる鹿の字を取って「鹿島」と書くようになったと伝えられています。

 神社で鹿というと、奈良の「春日大社」が有名ですが、藤原氏によって「春日大社」の建設が始まると、767年に、鹿島神宮にいる白い神鹿の背に分霊を乗せ、多くの鹿を引き連れて1年かけて奈良まで行ったとされています。
 つまり、春日大社の鹿たちは、鹿島神宮から連れてこられた鹿たちの子孫という事で、そのルーツは鹿島神宮にあったという事を昨日初めて知りました (^_^ゞポリポリ

 全国的には、春日大社の方が断然有名だと思いますが、鹿島神宮の方が歴史的にはずっと古い神社なんですね o(*^▽^*)o~♪

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2009年8月10日 (月)

香取神宮

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 昨日、千葉県は香取市にある「香取神宮」に行って来ました。

 この神社は、茨城県の鹿嶋市にある「鹿島神宮」と並んで、成田市の近隣では名前の通った大きな神社であり、どちらもそばを通ったことは何度もありますが、境内の中にまで入っていったことは一度もありません (^_^ゞポリポリ

 近くに住んでいるのに、どんな神社なのか知らないままなのも悔しいので、せっかくだからティンクと二人で、参拝がてらに観光でもと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 昼過ぎに自宅を出、「成田IC」から東関道に乗って「佐原・香取IC」で下り、県道55号線で香取神宮の無料駐車場まで30分ちょっとのドライブです。
 勝手知ったる道筋なので、カーナビも必要ないくらい(笑い)

 広々とした駐車場と、うっそうとした深い森が私たちを迎えてくれました。
 下に、「香取神宮のHP」から拾ってきた境内の案内図を載せましたので、記事と見比べながらご覧下さい ( ^-^)/ ♪

 

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 無料駐車場から、案内図の下に載っている朱塗りの大鳥居をくぐり、両側から木々の枝がアーチのように生い茂った玉砂利の長~い参道を歩いてたどり着いたのが、写真の左側の「総門」です。
 初めて行ったので、神社の中の様子はわからなかったのですが、ご覧のように多くの参拝客がこの門のところまで脇道を通ってマイカーを乗り入れていました (^^;
 次に行く時には、歩くのがまだるっこしいので、私もここまで乗り入れようと思いました(笑い)

 総門からチョッと歩けば、写真右側の「楼門」です。
 この門は、元禄13年(1700年)に徳川幕府によって造営されたものだそうで、昭和58年に重要文化財に指定されました。

 

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 そしてこれが「拝殿」です。楼門を始め、朱塗りの建物が多い中で、漆黒の建物はひときわ重厚で荘厳な雰囲気を醸していました。
 白木で作られた神社や朱塗りの社殿は多く見てきましたが、黒塗りの社は記憶にないように思います。それがために、一目で感動してしまいました o(*^▽^*)o~♪

 屋根は、最初萱葺きだと思ってましたが、この記事を書くために調べると、桧の皮を重ねた桧皮葺(ひわだぶき)だという事で、私は初めて知りました・・・ (^^;

 この拝殿は、昭和15年に皇紀2600年を記念して国費により建て替えられたものだそうで、それまで拝殿として使われていたのが今の「祈祷殿」で、立て替えにより今の場所に移築されました。

 

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 これは、「拝殿」の後ろに建っていた「本殿」です。神社の建物のランクでいえば、この「本殿」が境内の中で一番メインとなる建物になるはずなのですが、たいてい参拝客がお参りする「拝殿」の方がずっと大きくて立派なのが普通です(笑い)
 楼門と同じく、元禄13年の造営であり、昭和52年に重要文化財に指定されました。

 

 以上、滞在時間は、だいたい1時間とチョッと。
 簡単に主だったところをグルッと一回りしただけなので、まだ見ていないところもありますが、それはまたおいおいと・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2009年8月 7日 (金)

甲賀

 一昨日、兵庫県の尼崎市まで仕事で行って来ました。

 その帰り道、名神高速を「栗東IC」で下り、国道1号線で亀山、四日市方面へ抜け、そこから国道23号線で名古屋市を抜けて、東名の「岡崎IC」から高速に乗りました。

 途中、甲賀市内を通ったので、今日はそんなハナシを・・・ (^_^ゞポリポリ
 タイトルが、「甲賀」となっていますが、別に忍者の話しをしようとかいうつもりはありません。念のため・・・(笑い)

 近畿方面に行ったことのない方でも、「伊賀」や「甲賀」という名称は日本人ならほとんどの方がご存じだと思います。
 たいてい、時代劇なんかに出てくる「忍者の流派」として見聞きして覚えたんだと思うのですが・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

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 これは、国道1号線を走っていて見かけた方面案内板ですが、土地柄のせいか、「伊賀」とか「甲賀」ナンて物々しい地名を当たり前のように見かけたりするのがおかしくて(笑い)

 ところで、それぞれの地名の下に書かれたローマ字の読みをご覧頂きたいのですが、「Iga」はいいとして、「Koka」はどうですか?

 え~、「こう」じゃなくて「こう」でしょと思った、ア・ナ・タ・・・ 残念でした(笑い)

 

 関西にお住まいの方なら、こんな事は常識なのかもしれませんが、私も10年以上前に、仕事で大阪に行った帰り道、高速代を節約するためにと、天理から国道25号線を通って名古屋に抜けた時に、似たような方面案内板で「甲賀」の下に書かれていた「Koka」という読みにショックを受けた一人です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 「甲賀」は、もともと「こうか」と読むのが一般的だったわけですが、「伊賀」という名称が有名になると、山一つ隔てた「甲賀」の里に住む者達をライバルとして漫画や小説などの時代劇に登場させるようになりました。
 この時に、「いが」に対して「こうが」と誰かが誤読したのが、世間的に広まってしまったために、今では「こうが」と読む方が一般的になってしまったというわけです。

 

 しかし、時代劇などのフィクションの世界でならともかく、現実の世界では、やはり「甲賀」は「こうか」と正しく読むべきでしょう。

 人によっては、「こうか」でも「こうが」でも、たいした違いはないんじゃないかと思っている人も多いと思いますが、私は、人の名前や地名などの「固有名詞」は、巌に正しく読むべきだと思っている一人です。

 まぁ、「日本」の国名を、「にほん」でも「にっぽん」でもどちらでもいいですなんて、政府が言うくらいのいい加減な国ですから、そんな事を言っても空しいのはわかっていますが・・・ (__;)

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2009年8月 5日 (水)

気になる川

 先日、埼玉県に仕事で行った時に、越谷市で見かけた川の光景です。

 小さな川なんですが、上流中流下流と、それぞれ趣が違っていておもしろいなと・・・(苦笑)
 といっても、私が見たのはホンの4km足らずの流れでしたが、その中での上流、中流、下流という意味です (^.^; ポリポリ

 

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 これが、上流の様子で、自然な感じがよく残っています。

 田舎育ちなので、こういう眺めだと、個人的には親しみが持てるというか・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 これは、中流の流れの様子です。

 なんというか、水面が道路とそう変わらない感じで、こんなだと大雨が降ったら溢れ出したりしないのかとても心配です。

 まぁ、埼玉県で水害があったというニュースは、ここ何年も聞いた記憶がないので、私の杞憂に過ぎないのでしょうが、それにしても、これだと水面から道路まで50cmもないんじゃないかな (^^;
 本当に大丈夫なんでしょうかねぇ・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 こんな光景を目にしたので、今日の記事を書いてみようと思ったワケなんですが・・・ (^_^ゞポリポリ

 

20090805003

 そして、これが下流の様子です。

 奥に、橋が見えると思いますが、先の中流の流れの先は、この橋のところまで暗渠になっていて、川の姿は見えません。

 再び流れが見えると、ご覧のようにキチンと整備された川となっています。
 所々に、写真にも写っていますが、木製の足場が設けられていました。
 見た目もきれいですから、こういう景色もなかなかいいもんだなと・・・

 ただ、上流と中流の流れから比べると、いささか小さすぎる川のようにも思えるので、もしかすると最近よくある、本流は暗渠のまま流して、一部の水だけ地表に出して流し、いかにも川らしく見せるという「見せかけの川」なのかなと・・・ (?。?)

 

 下に、地図を貼り付けてみました。
 この地図の場所が下流の写真を撮った場所になります。
 地図の左側が上流で、右側が下流になります。

 

 

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2009年8月 4日 (火)

愛知の風景

 先日、愛知県に仕事で行って来ました。

 関東に住んでいる私にとって、名古屋とか大阪とかは馴染みのないところなので、仕事が入る度に、なんとなくワクワクする気持ちになる反面、不安になる気持ちもあったりする私がいます。
 今は、カーナビがあるので迷うようなことはありませんが、それでも走り慣れていない分、名古屋高速や阪神高速を利用するのは今でも躊躇する私です (;^_^A アセアセ・・・

 以下は、そんな愛知県内を走っていて見かけた光景です ( ^-^)/ ♪

 

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 伊勢湾岸自動車道を西に向かって走っていて目にした光景です。

 「名港潮見IC」近くで撮った写真なんですが、このICの前後には、「名港東大橋」「名港中央大橋」「名港西大橋」と、連続して見事な吊り橋が架かっています。
 地図と見比べてみると、いくぶん青っぽいのが東大橋、白っぽいのが中央大橋、赤く見えるのが西大橋だと思います。

 

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 伊勢湾岸自動車道を「湾岸弥富IC」で下り、西尾張中央道を北上していて通った東名阪自動車道の「蟹江IC」の入口の写真です。

 一宮市にある「本町通り」の大きなアーケード街と、そこを抜けた先に在った「真清田神社」です。

 

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 蟹江ICへ向かう途中で見かけ、時間調整のために立ち寄った「源氏泉緑地公園」の写真です。

 広々としている上に、なかなか落ち着いた公園で、ご近所の方々が音楽に合わせて何やら運動をしていました。
 中国系のような音楽が流れていましたが、太極拳ではないように感じました。
 誰が置いていったのか、あるいは捨てていったと表現した方がいいのかもしれませんが、ソファーふうの椅子まで置いてありました (^_^;

 下の写真は、俳句を刻んだ石碑です。ちょっと確認しただけで三つほど見かけました。

 林の中は、セミがうるさいくらいに鳴いていました。
 下に動画を貼り付けてみましたので、その様子をお聞き下さい(笑い)

 

 

 

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 最後に、よく話題になる名古屋市内のメチャクチャ広い道路です(笑い)

 片側4車線の広々とした道路が延々と続いています。これだけ広いと、車線変更はたいへんです (^_^;
 最後の写真なんか、右左折用のレーンも加えると片側6車線にもなります (^◇^) 。。。ケラケラ

 私なんか、片側1車線の道路を走ることが多いし、2車線あると広いと思う口なので、走っていてもなんか落ち着かないというか・・・ (^_^ゞポリポリ
 走る車線を選ぶだけでもたいへんですわ(爆笑)

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2009年8月 1日 (土)

伊勢湾台風殉難之塔

 30日の木曜日、愛知県に仕事で行って来ました

 津島市、大治町、一宮市の3ヶ所を回ってきたんですが、その途中、思いがけないものを見てきたので、今日はそんな記事を・・・ ( ^-^)/ ♪

 

 午前零時に成田の自宅を出発し、経費を節約するためにも高速はできるだけ使わず、箱根を越えて国道1号線を使って西に向かい、「清水IC」から東名に乗り、「浜松西IC」でいったん下りてまた乗ることによって、通勤割引を2度使って高速代金を節約しました (^^)v

 そして、8時過ぎに、伊勢湾岸自動車道の「湾岸弥富IC」で高速を下り、西尾張中央道を北上して1件目の津島市に向かいました。

 走り出して間もなく、「西末広」の交差点で赤信号による停車をしました。
 最近の私の常として、信号待ちの間に何かネタになるような被写体を探すのがクセになっていまして、この時にも何かおもしろいものがないかとグルッと辺りを見渡してみたんですよね。
 そうすると、右脇に公園があって、トイレが目に入ったんで、ついでだから用を足していくかと思ってちょっと立ち寄ってみたんですよ (^_^ゞポリポリ
 納品の指定時間にはまだ十分な余裕があったもので・・・

 

 で、目的を果たした後で、ちょっと公園内を散策してみました。
 そうすると、何やら厳かな塔が立っていまして、「伊勢湾台風殉難之塔」と書かれていました。

 「伊勢湾台風」という名前や、それがもたらした大きな被害の事は、知識としては知ってはいましたが、50年も前の事であることと、被災地が住んでいたところからは遠く離れた場所であることとで、私にとっては単なる歴史上の出来事でしかありませんでした (^_^ゞポリポリ

 

 しかし、偶然とはいえ、そこに立ち寄ったという事には、なんらかの意味というか、因縁めいたものを感じてしまうのが私という人間です (;^_^A アセアセ・・・
 よくいわれるところの、何かに「引き寄せられた」というヤツです(笑い)

 で、散策ついでに、何枚か写真も撮ってきましたのでご紹介を・・・

 

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 これが、「伊勢湾台風殉難之塔」で、正面から見た写真です。

 高さ約10mほどの塔で、基部となる台の両側には二つの彫塑がありました。

 

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 二つの彫塑の写真です。

 左側には、子どもを抱きかかえた女性の像、右側にはボートから被災者を助け上げている像がありました。
 いずれも、被災当時の悲しみが伝わってくるような、力強くリアルなもので、私のような通りすがりの者にも訴えかけてくる「何か」がありました。

 また、塔の先端には名前はわかりませんでしたが、仏像も安置されていました。

 

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 塔の裏側の写真です。

 塔の基部には、何やら扉が設けられていました。
 という事は、もしかしたらこの塔は墓石のような役割もあって、身元不明とか引き取り手がなかったとかの無縁仏のお骨とかが納められているのでしょうか (?。?)
 その辺りの説明はありませんでしたが、なんとなくそんな印象を受けました。

 また、銘板があって、それによると、正面の「伊勢湾台風殉難之塔」という書は、塔が建立された昭和38年当時の愛知県知事の桑原幹根氏の手によるもの。
 両脇の彫塑は、愛知学芸大学助教授であった高木久成氏の作であることがわかります。

 

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 公園内にあった石碑です。

 洪水の底にて稲穂靡くかたち
             冬燕
 とありました。

 文才はないので、この句を読んだだけでは意味がわかりませんでしたが、そばにあった石碑に書かれた文を読んで、思わず目頭が熱くなりました。

 小さな石碑には、「舟で行く。水の下には稔った稲穂がぎっしり。水の流れによってその穂が一斉に動く。風に靡くのとそっくり。水中の稲穂よあわれ・・・」と書いてありました。

 台風が襲ってきた9月26日、田んぼには収穫を間近に控えた稲穂が黄金色に実っていたことでしょう・・・
 その稲穂たちが、洪水の水の底でまるで風になびくようにユラユラと靡いているというわけです。

 無情というか、あまりにも残酷な光景が脳裏に浮かんできて、堪りませんでしたよ・・・ (;_;) ウルウル・・・

 

 この台風によって亡くなられた方たちのご冥福をお祈りして、記事を終わらせて頂きます・・・

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2009年7月25日 (土)

スタンド・バイ・ミー

 昨年、「サイクリング」というタイトルで記事を書いたことがあります。
 その時には、サイクリングについての一般的な事を記事にしたんですが、今日は、私のツーリングの体験記を中心に語ってみようかなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

20090724003  私が中学3年生の時の夏休み、友人と二人で東北一周を目指し、自転車で会津の山村を出発した事がありました (^^;

 特にルートも目的地も決めず、一週間から十日くらいの予定で行けるところまで行こうという、今思えばずいぶんいい加減で無謀なツーリングだったと思います(苦笑)
 なにしろ、私は昔からズボラな人間でしたから・・・ (^◇^;)

 まるで、映画の「スタンド・バイ・ミー」さながらの、子どもの、子どもによる、子どものための、無計画な冒険旅行そのものでした (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 実際に走ったルートは、会津若松~喜多方~米沢~山形~新庄~雄勝峠~新庄~鶴岡~村上~新発田~西会津という、距離にして約450km程度の5泊6日の旅でした (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 私が生まれ育ったところは、会津でもかなり山の中でしたから、車ならともかく自転車で村から出ようとするとそれだけで大仕事となりますから、普通はそんな無謀なことを考える人は居ないわけで・・・ (^◇^) ケラケラ

 で、初日はとりあえず村から出ようと、山越えルートで会津若松を目指して走り出しました。
 川沿いに向かう、比較的楽で一般的な国道ルートもありましたが、それだと山越えの倍以上の距離がありまして、朝出発しても若松までたどり着くのが精一杯かなと思い、ムリしても山越えの方のルートを選びました (^^;
 まぁ、若気のいたりといいますか、恐いモノ知らずというか(爆笑)
 だいたい、当時の山越えルートは今のように整備された道ではなく、自動車だって通れないような山道というか、峠道でしたから、ほとんど自転車を押して越えたことを思い出します (^^;

 なんとか会津高田町に抜け、会津若松を通り過ぎ、国道121号線で喜多方に向かって走り出したのは夕方近く・・・
 途中、薄暗くなってきたので、国道から見えた神社で泊まることにしました (^^ゞ

 神社の境内で、携帯コンロを使って炊事をしていると、近所のオジサンが様子を見にやってきました (^^;
 どこの馬の骨ともわからない子ども達が、神社で火を燃やしているとなれば、不審に思われるのは当然の事で・・・ (^.^; ポリポリ
 サイクリングをしていて、今夜はここに泊まる予定だと言うと、火の始末だけはキチンとするようにと言って帰り、しばらくして夕飯の差し入れを持って現れました (^^;
 他人の親切が身にしみましたねぇ・・・ (;_;) ウルウル・・・

 初日は、疲れもあって、神社の社の中に勝手に入り込んで寝袋で寝ました・・・

 

 二日目は、薄暗い中出発しました。昨夜早めに寝てしまったこともあり、目が覚めてしまって、他にする事もなかったので走り出そうと・・・ (^.^ゞポリポリ

 喜多方を抜け、米沢に抜ける国道121号線の大峠を越えようとしていた際に、あまりの急坂にへたり込んでいた時、通りがかったダンプカーのオジサンが声をかけて乗せてくれました ヽ(^o^)尸
 自転車は荷台に、私らは運転席に乗り込み、仕事先の峠まで送ってくれました。ありがたかったですねぇ o(*^▽^*)o

 登りとは違って、峠からの下り道は楽でした(笑い)
 米沢を抜け、国道13号線を通り、上山温泉に着いた辺りで暗くなってきたので、通り沿いにあった大きなお寺に立ち寄り、ご住職にお願いして本堂に泊めていただきました (^^)v
 このお寺では、夕飯をごちそうになり、畳の上でゆっくりと眠れました。
 このツーリングで一番快適な夜でした(笑い)

 

 三日目の朝は、本堂の掃除を手伝って出発しました。

 この日は国道13号線をひたすら北上・・・
 山形、天童、尾花沢と走り抜け、新庄を過ぎて、いよいよ秋田県に入りました。
 一番快適に走れた一日だったでしょうか (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 この日は、県境の雄勝峠を越えたところにあった神社で泊まることにして、そのまま休みました。いよいよ翌日は横手~秋田と、さらに北に向かうぞと計画を話し合っていたのですが・・・

 

 なんと、四日目は朝から雨が降っていまして、疲れていたこともあって神社の中で出発をしばらく見合わせることにしました(笑い)
 しかし、いつまで経っても止みそうになかったので、とりあえず北に向かうのは断念して、引き返すことにし、お昼前に出発しました。

 ポンチョを着て走るのは、馴れていないこともあって正直きつかったです。
 国道13号線で新庄まで戻り、そこから国道47号線で鶴岡に向かいました。
 全く同じ道を戻るのも芸がないので、日本海沿いを南下しようと思って・・・

 しかし、悪いことは重なるもので、私の自転車の後輪がパンクしてしまいます。
 すぐに修理を始めましたが、雨降りの中ではゴム糊がうまく乾かないんじゃないかと懸念されたので、チューブそのものを持参した新品に交換することにし、後輪を本体から外します。
 この、後輪を外したことが後のトラブルを引き起こします (^^;
 前輪ならわけなく脱着できますが、後輪はチェーンや変速ギアが複雑に絡み合っていて、素人には荷が重いことをその時は知りませんでした (^^ゞ
 で、最初のうちだけ調子よく走っていたのですが、いくらも走らないうちに後輪が重くなり始め、間もなくロックした感じで完全に回らなくなってしまったんですよ (__;)
 そうなるとお手上げです。後輪を持ち上げながら歩き、目についた自転車屋に飛び込んで治してもらいました (^^;

 そんなこんなで、すぐに暗くなってきたので、その日は通りがかった大きな橋の下にもぐり込んで野宿をしました (^^;
 雨はしのげましたが、ヤブ蚊が酷くて、寝袋の中に頭まですっぽりと覆って寝ました。
 それでも翌日はあちこち蚊に刺されていて、いろんなイミでこの日が一番ヒドイ一日でしたね(苦笑)

 

 五日目は、国道7号線に出て、日本海を見ながら快適に走り続けました。私が日本海を見たのは、この時が最初です (^_^ゞポリポリ

 村上からは内陸に入り、新発田を目指します。
 途中、人気のない材木小屋を見つけたので、勝手にもぐり込んで寝ました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 なんか、だんだん宿のレベルが落ちてきたなと (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 最終日となる六日目は、新発田から国道290号線で安田に抜け、そこからは国道49号線で会津を目指しました。
 途中、新潟県と福島県の県境のトンネルをくぐる前に、道端にあった電話ボックスから自宅に電話をかけ、夕方には帰ると伝えました。

 この辺りになると、お互いにもう会話をする気力もなくなって、無言でペダルをこぎ続けます・・・

20090724002 思い出すのは、コカコーラのホームサイズを買って、一気に飲み干したことかな(笑い)
 当時、500mlのホームサイズと呼ばれたボトルは、けっこう大きく見えたので、それを一息に飲めるなんて思ってなかったものの、口につけて飲み始めるとアッという間で・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪
 それだけ喉が渇いてて、水分を欲していたという事なんでしょうが・・・

 西会津町から三島町に入り、金山町と過ぎて、村に入った時にはホッとしたのを思い出します。

 自宅には、日焼けとホコリで真っ黒になった姿で戻り、呆れられました。
 おそらく、家を留守にしている間、家族は心配でしょうがなかったんでしょうが、そういう気配も見せない気丈な親でした (;^_^A アセアセ・・・

 で、ゆっくりと風呂に浸かり、一週間分の疲れと汚れを洗い流しました・・・

 

 その後は、頼まれたってそんな事をしたいと思ったことはありませんが、あの当時はそんな無茶もちっとも無茶なことだとは思っていなかったんですよね (^◇^;)
 やっぱ、若かったんでしょうね(爆笑)

 

 蛇足ですが、この時のツーリングの後、程なくして私の自転車は壊れてしまいまして、スクラップになったことを思い出します。
 もっとも、すぐに雪が降り、春には高校生として喜多方に下宿しましたから、村で自転車に乗る機会がなかったのが幸いでしたが・・・

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2009年7月20日 (月)

京成バラ園

 昨日、千葉県は八千代市にある「京成バラ園」に行ってきました。

 

 千葉県内には、他にも習志野市に「谷津バラ園」が在って、こちらの方は何度も行った事がありますが、京成バラ園の方は場所はよく知っていますが、中に入ったのは昨日が初めてになります。

 規模は京成バラ園の方が断然大きいのですが、こぢんまりしていても手入れが行き届いていて馴染みがある分、谷津バラ園の方が私好みかなという印象を受けました (^_^ゞポリポリ

 

20090720001_2  成田の自宅からもそれほど遠くないので、13時過ぎに自宅を出発して、1時間ほどで到着。

 入園料はシーズンオフという事で300円。リーズナブルな料金に感謝(笑い)

 

 お天気も申し分なく・・・ というか、日射しは暑いくらいでしたが、さっそく、散策を開始です (^^)v
 園内では、日傘をさしている方も何人も見かけました。

 

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 入園ゲートをくぐってすぐのところに設けてあった「ディズニーランドローズ」と呼ばれるコーナーで、ディズニーランドの名前を冠したバラが植えてありました。

 手前に見えるベンチとテーブルですが、大人が座るにはとても小さく、オモチャのような感じのセットです。
 あくまでも、子ども向けのコーナーというコンセプトなんでしょう(笑い)

 

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 京成バラ園の庭園の様子です。

 シーズンオフとはいえ、園内はバラが咲き誇り、甘い臭いがいっぱいでした (*^.-^*)♪

 

20090720007_2  園内には、バラのコーナーだけではなく、「自然風庭園」とか「散策の森」とかの一角もあり、とにかくメチャクチャ広いです (^^;

 歩き回るだけで疲れるというか・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

 昨日は、暑かったので、どちらかといえば日射しを遮るところのないバラのコーナーよりも、森の中のような木陰や日陰を選んで見て回っていたような感じもします (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 下に、園内のマップのリンクを貼り付けましたので、クリックしてみてください ( ^-^)/ ♪

http://www.keiseirose.co.jp/garden/rosegardenmap/rosegardenmap.html

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2009年7月13日 (月)

佐原夏祭り

 秩父や川越と並んで、「関東三大山車祭り」の一つである、佐原の大祭に行ってきました。

 この祭りは、約300年の伝統を引き継ぐ、この界隈では一番大きなお祭りになり、成田からも近いので、一度見てみたいとずっと思っていたのですが、先週佐原の町を歩いたことで、ぜひ見てみたいという気持ちが強くなり、一昨日の土曜日についに夢が叶ったというわけで (^^)v

 成田からですと、車で行くのが一番便利なので、先週の散策は車で出かけました。
 しかし、祭りという事になりますと、駐車場や渋滞が懸念されたので、初めてという事もあり、万全を期して電車で行くことにしました (^_^ゞポリポリ

 

 お昼過ぎに車で自宅を出、成田駅のそばに車を置き、13:42の臨時列車で向かうことにしました。
 いつもですと、市営の東和田駐車場に停めるんですが、そこからだと駅までけっこう遠いので、行きはいいんですが、帰りは疲れているのは必須ですから、東和田駐車場まではとても歩く気にならないだろうと予想されたので、今回は駅の近くの駐車場を探してみました。
 当然の事ですが、駅に近ければ近いほど駐車料金は高くなるので、距離と料金とを比較しながら、今回選んだのは「タイムズの成田駅前駐車場」です。
 東和田駐車場ですと24Hで400円なんですが、タイムズは24Hで600円でした。もっと駅の近くにも駐車場はありましたが、いずれも700円とか800円とか、駅の目の前は1100円ですから、この辺が妥当な線かなと (^_^ゞポリポリ
 利用した感想は、駅を利用するならタイムズ、成田山を利用するなら東和田だなという結論に達しました(笑い)

 

 以下は、一昨日撮ってきた写真の一部です ( ^-^)/ ♪

 

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 13:42発の、佐原行き各駅停車の臨時列車です。いかにもお祭りに行くぞという気分にさせてくれます (^◇^) 。。。ケラケラ
 ホームで待っている人たちも、佐原の祭り見物に行くんだろうとおぼしき人ばかりでした。

 私たちは、この列車の最後尾に乗ったんですが、この車輌ではつり革の種類がご覧のように3種類も下がっていました (^^;
 これって、かなり珍しくないですか(苦笑)

 

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 佐原駅のホームと建物の外観、および、駅から祭りの会場となる小野川へと向かう街並みです。
 私は、初めて佐原の駅を利用してみましたが、かなりレトロな感じの駅舎と街並みでした(笑い)

 

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 小野川の川縁の光景です。

 観光船は相変わらず賑わっていました。
 佐原囃子に合わせて踊っている女性陣です ヽ(^◇^*)/

 

 デジカメで録ってきた小野川の川縁の光景を、動画にして下に貼り付けてみたので、ぜひ佐原の夏祭りの雰囲気を味わってください (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 小野川を行き来するお囃子舟です。
 かつてはこんなものはなかったそうで、何年か前から、観光客のためにと始まったそうですが、とても風情があって観光客たちにもウケていました。
 私も、これはいいアイディアだと思いました。

 

 こちらは、観光遊覧船の様子です。
 遊覧船のお客さんたちにも、目の前で演奏しているお囃子舟は好評のようでしたよ (*^.-^*)♪

 

 お囃子舟の佐原囃子に合わせて踊っている人たちです。
 なかなか粋ですねぇ o(*^▽^*)o~♪

 

 

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 左から、田宿区の「伊弉那岐尊(いざなぎのみこと)」、仁井宿区の「鷹」、船戸区の「神武天皇」の山車です。
 夜の曳き廻しが始まるまで、しばし休憩で、大通りに順番に集まってきて待機しているところです。
 夏祭りで曳き廻される山車は全部で10台。それぞれに個性的で巨大な人形が乗っています。
 それぞれの山車の一覧は、「こちら」をクリックして頂ければご覧になれますよ (^^)v

 

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 待機している山車のそばで談笑したり、食事をしている町内の女性陣です。
 「に組」のはんてんは、仁井宿区の町内ということを現わしています。

 

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 待機している間に、山車にぼんぼりや提灯などの電飾を取り付け、夜の曳き廻しに備えます。
 上の写真は16時頃、下の写真は19時頃のものです (^^)v

 電飾に灯りがともされ、明るく華やかになった山車です。
 どうですか、なかなか雰囲気が出てきたでしょ(笑い)

 

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 今年は3年に一度の本際の年にあたり、田宿区から仁井宿区への「山車年番」の引き継ぎが行なわれました。
 「山車年番」というのは、祭りの進行その他一切を取り仕切る役のことで、以後3年間は仁井宿区の尽力によって佐原の祭りは執り行なわれます。
 昨年まで年番だった田宿区は「前年番」、仁井宿区の後に年番となる船戸区は「後年番」と呼ばれます。
 年番とあわせ「前後三町」と呼ばれ、お互いに協力しあって祭りを運営します。つまり、後先合わせて9年間は、祭り一色の生活が待っているそうです(苦笑)

 

 19時半過ぎ、年番引き継ぎ行事が滞りなく終了し、いよいよ夜の曳き廻しが始まりました。

 まず、先頭になっていた田宿の「伊弉那岐尊」の山車が動きだし、町内の境となっている小野川に架かる「忠敬橋」まで行ってUターンし、順に待機している山車の脇を通って最後尾につきます。

 代わって、新しく年番となる仁井宿区の「鷹」の山車が先頭に立って、曳き廻しが本番を迎えます。

 

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 時刻は20時近くになり、辺りはかなり暗くなって来ました。ご覧のように、山車が電飾に浮かび上がって綺麗です。

 個人的な感想ですが、今年から年番となった「鷹」の山車・・・
 もしかして、今年から3年間は私の愛するホークスがリーグ制覇するのかな・・・と ヽ(^◇^*)/

 

 最後に、山車の曳き廻しの様子を録った動画をアップします。
 明るい時と暗くなってからの2シーンを納めてあります (^^)v

 

 

 

 帰りは、20:47発の電車で帰ってきました。
 途中、ラーメンで腹ごしらえをして、スーパーで買い物をして、帰宅したのは23時近くになっていました (^^;
 昨日は日曜日でしたが、朝早い仕事が入っていたので、何もせずにすぐに寝てしまいましたよ(笑い)

 おかげで、更新作業が大幅に遅れ、昨日は間に合わせの記事で失礼しました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

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2009年7月10日 (金)

イロハ

 千葉県には、おもしろい地名があって、タイトルの「イロハ」なんかもその一つです。

 「イ」「ロ」「ハ」・・・という文字が町名になっている自治体が少なくても六つ存在します。

 

 まず、九十九里の「旭市」

 「イ」~「ニ」まで4町あります。

 地図は、スクロールや拡大縮小もできますから、順番に「イ」「ロ」「ハ」・・・と探してみるのも一興かと(笑い)

 

 

 同じく、九十九里の「八日市場市」で、今は町村合併で「匝瑳市」と名前が変わっています。「そうさし」と読みますが、何もわざわざこんな難読の名前にしなくてもと思うのは私だけでしょうか(笑い)
 ちなみに、俳優の地井武男の出身地です。

 「八日市場イ」~「八日市場ホ」まで5町あります。

 

 

 さらに、九十九里の「蓮沼村」で、今は町村合併で「山武市」と名前が変わっています。ちなみに、合併前は「さんぶぐん」であり、「さんぶまち」でしたが、合併後は「さんむし」と読むようになりました (^◇^;)

 「蓮沼イ」~「蓮沼ホ」まで5町あります。

 

 

 次に、千葉県のほぼ中央に位置する「八街市」
 「やちまたし」と読みます。これも難読地名の一つですかね(苦笑)

 「八街い」~「八街へ」まで6町あります。

 

 

 最後に、利根川に面している「佐原市」で、今は町村合併で「香取市」と名前が変わっています。読みは「さわらし」です。「さはらし」ではありません。
 有名なところでは、伊能忠敬の出身地でもあります。

 「佐原イ」~「佐原ホ」まで5町あります。

 

 

 同じく、利根川に面している「東庄町」
 「とうのしょうまち」と読みます、

 「笹川い」~「笹川ろ」まで2町あります。

 

 また、佐原市内には、他にも
 「篠原イ」と「篠原ロ」
 「昭和町い」と「昭和町ろ」
 という町名も存在します。

 それぞれ、クリックすれば地図が表示されますよ ( ^-^)/ ♪

 

 いずれも、地名として採用されるにあたっては、いろいろな歴史とか事情とかあったんだと思うのですが、さすがにその辺りまで深く調べることはできませんでした・・・ (^_^ゞポリポリ

 こういう変わった地名もあるよという事で、今日のところは失礼いたします・・・ m(_ _;)m

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2009年7月 6日 (月)

ぴぃ散歩「佐原編」

20090706001_2  一週間前の、29日と30日の二日間にわたって、テレビ朝日系で放送している「ちい散歩」という番組の中で、千葉県の佐原を取り上げてくれました。

 「ちい散歩」というのは、俳優の地井武男さんが散歩の楽しみ方、散歩のお勧めコースをお茶の間の皆さんに紹介する番組で、関東周辺の観光地とかを実際に歩いて見せてくれます。

 私はほとんど見ることはありませんが、ティンクがこの番組が好きでよく見ていて、この日千葉県を取り上げていたのを教えてくれ、一緒になって見ていました。
 写真は、地井さんが番組の中で立ち寄った「ほていや 蔵店」という和菓子屋で、入口のところの黒板に「ちい散歩立ち寄りのお店」と書いてありました(笑い)

 

 佐原は、水郷として有名な潮来と、利根川を挟んで対岸に位置していることもあって、水路を利用した商業で古くから栄えた街であり、江戸時代の名残を留める昔ながらの建物が多数残っていて、北総の小江戸と呼ばれている風情のある街です。

 成田からですと、20kmも離れていない距離にありますし、仕事でもよく出かけるところなので、以前からゆっくりと歩いてみたいと思っていました。
 しかし、一人で行くには億劫な事もあって、つい先延ばしにしていたんですが、番組を見たティンクが行ってみたいと言ってくれたので、それではということで重い腰を上げることにしました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 ・・・というワケで、「ちい散歩」に倣って「ぴぃ散歩」とタイトルを付けてみました (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 11時頃に成田の自宅を出発。
 お天気はというと、曇り空でしたが、かえって暑い日射しに悩まされることもなく、のんびりと市内を散策できました (^^)v

 

 以下は、昨日撮ってきたスナップの一部です ( ^-^)/ ♪

 

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 これが、佐原の街並みです。まるで大正から戦前の昭和の時代を彷彿とさせてくれるレトロな街並みが見られます。
 映画でいうと、「ALWAYS 三丁目の夕日」とか、「地下鉄(メトロ)に乗って」なんかの世界に迷い込んででもしまったような、ちょっと不思議な世界がそこにあります。

 

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 佐原の市内を南北に流れ、街を二分している「小野川」です。川の東側を「本宿」、西側を「新宿」と呼び、有名な佐原の大祭と呼ばれる祭事も、本宿は夏に、新宿は秋にと、別々に行ないます。

 この川の両岸には、江戸時代や明治時代の建物が数多く残り、このあたり一帯は文化庁指定の「重要伝統的建造物群保存地区」に選定されています。

 

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 小野川を行き来する観光遊覧船です。
 今回は乗りませんでしたが、いずれ乗ってみたいと思っています。

 

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20090706026  街の中で見かけた山車です。
 今度の金曜日から行なわれる、「八坂神社の祇園祭」、通称「本宿祭」の主役となる山車の準備をしているところです。
 その大きさに驚かされるとともに、祭りを楽しんでいる佐原の若い衆が粋でした。

 

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 この日の目的の一つである、酒蔵の見学と、利き酒の様子です。

 酒蔵は、清酒「東薫」の製造元である「東薫酒造」です。
 もともとは、伊能忠敬の実家で営んでいた酒蔵で修行して創業したという事で、佐原でも老舗の酒蔵の一つです。

 見学も利き酒も無料でした。もちろん、私は甘酒のサービスを受けただけで、飲んだのはもっぱらティンクです(笑い)
 右側に「叶」という大吟醸の清酒が置かれており、これだけは特別のお酒ということで一杯300円取られました(笑い)
 無料で置かれていた同じく大吟醸の「夢」を飲んでからこの「叶」を飲めば、夢が叶うという事で、説明してくれたオジサンが笑っていました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 ここでは、お土産に「にごり酒」を1本買ってきて晩酌で飲みました o(*^▽^*)o~♪

 

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 山車会館が建てられている、八坂神社の境内では、毎月町おこしのイベントとして「骨董市」が開催されており、昨日はたまたま開催日ということでちょっと覗いてきました (^_^ゞポリポリ
 なかなか盛況で、多くの人達で賑わっていました。

 

 

 以下は、オマケの写真です (^◇^) 。。。ケラケラ

 

20090706023_2  東薫酒造の前で見かけた外国の観光客です (〃'∇'〃)ゝエヘヘ
 レンタサイクルで仲間と走っていました。
 なかなか可愛いですよね・・・ (*^.-^*)♪

 

20090706024_2  小野川の川岸で見かけたNコロです。
 先日の記事でも紹介しましたが、こちらは当時の状態のまま調子よく走っているそうです。

 今では懐かしい小さな軽のナンバープレートがまぶしいです。
 写真を撮っているとオーナーが声をかけてきたので、ひとしきり話してきましたが、古い車やオートバイを「集める」のが趣味ということで・・・ (;^_^A アセアセ・・・

 

20090706025_2  街中で見かけた清涼飲料水の自販機ですが、しっかりと街の景色に溶け込んでいました (o^∇^o)ノ

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2009年7月 4日 (土)

自由の女神

 なぜ、今日の記事が「自由の女神」なのかという疑問はあるかと思いますが、単なる気まぐれであって、深い意味はありません (^_^ゞポリポリ
 な~んて最初書きましたが、よく考えてみたら、今日はアメリカの独立記念日ですから、タイムリーな記事じゃないですか (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・
 決して意図していたわけではありませんが、結果としてそうなってしまいましたよ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

20090704001 「自由の女神」といえば、誰だっていの一番に思い浮かべるのが、アメリカはニューヨーク湾に在るリバティ島に立っている像だと思います。

 これは、1876年に、時のフランス政府がアメリカ建国100周年を記念してニューヨークに贈ったものであることは周知の事実です。

 

20090704002  ところで、世界中にはいろんなところにこの「自由の女神」のレプリカが存在しますが、東京はお台場に在る「お台場海浜公園」の中にも「自由の女神」のレプリカが存在します。
 この事自体はけっこう有名な話しなのでご存じの方も少なくないと思いますが、このお台場に立っている「自由の女神像」は、ニューヨークにある「自由の女神像」のレプリカではない事に加え、立っている様子も少々異なっています (^^;
 今日は、そんな事を語ってみようかなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 

 実は、ニューヨークに「自由の女神像」が贈られた際の返礼として、パリに住むアメリカ人たちが、フランス革命100周年を記念して贈ったとされる「自由の女神像」のレプリカが、セーヌ川の「白鳥の散歩道」にも立っています。

 ただ、本家の像から比べるとかなり小さめの像です。
 ニューヨークの自由の女神像は、台座の足下からトーチの先端まで約46mもある巨大な像ですが、パリのそれは、約11.5mと、約四分の一の大きさだそうです。
 それでも、十分にデカイ像であることには違いありませんが・・・(苦笑)

 

 このパリに立っているレプリカ像が、「日本におけるフランス年」事業の一環として、98年4月から99年5月まで貸し出されたことがありました。
 美術品の銅像程度ならともかく、こんな巨大なモノを運んでくるということ自体が私には驚きなんですが・・・ ヾ(;´▽`A``

 この貸し出されて展示された「自由の女神像」は非常に好評で、臨海副都心地区の経済振興に多いに役立ちました。
 このため、地元の「臨海副都心まちづくり協議会」は女神像の返却後も、レプリカを設置することを強く希望し、その結果として、フランスから「自由の女神像」のレプリカ作成が認められ、東京2000年祭事業のひとつとして、高さ約11mのブロンズ製の自由の女神像が完成しました (^^)v

 したがって、お台場の「自由の女神像」は、パリのレプリカであり、本家であるニューヨークの「それ」から見れば、レプリカのレプリカということになり、「孫」という事になります(笑い)
 そして、ニューヨークの「自由の女神像」のレプリカはあちこちにたくさん存在しますが、パリの「自由の女神像」のレプリカは世界でもお台場に一つあるだけです (o^∇^o)ノ

200907040009  ニューヨークのとパリの像とで、何が違うという事はありませんが、左手に持っている銘板に刻まれている文字が違うくらいでしょうか。
 ニューヨークのにはアメリカ合衆国の独立記念日である「1776年7月4日」とローマ数字で刻印されており、パリのにはフランス革命のきっかけとなったバスティーユ牢獄襲撃が起こった「1789年7月14日」の日付が刻まれています。という事は、お台場のものもパリに倣っているという事なんでしょうか?
 意外と、お台場に立てられた日付が刻まれていたりしてね(笑い)

 

 あと、本家のニューヨークの「自由の女神像」は、大西洋から船でニューヨーク湾に入って来た際に、移民局の置かれているエリス島に到着する手前で、船の上から臨むことができるように、海側を向いて立っています。

20090704003 しかし、お台場の「それ」は、明らかに観光客の写真撮影を意識して立てられており、海を背に、フジテレビ本社ビルの方を向いて立てられています(笑い)

 こんなところにも、それぞれの国民性が表れるんでしょうか (^^;

 

20090704004 蛇足ですが、本家のニューヨークの「自由の女神像」を造る際の原型となった「自由の女神像」が、パリのリュクサンブール公園に設置されているそうです。
 大きさは1.2mの像だそうで、制作者はフランス人の彫刻家フレデリック=オーギュスト・バルトルディです。

 ニューヨークの自由の女神像は、この像を徐々に拡大することによって作られたブロンズ製の部品を、組み上げることによって造られたといいます。

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2009年6月29日 (月)

板橋不動尊

 昨日、仕事の途中で見かけてずっと気になっていたお寺に、あらためてティンクを伴って行ってきました。

 「板橋のお不動さん」として、古くから関東一円の皆さんから信仰されてきた、茨城県はつくばみらい市(旧伊奈町)に在る「清安山願成寺不動院」、通称「板橋不動尊」です。

 

 主要な幹線道路や駅などからも離れているために、マイカー以外のアクセスは決して良いとはいえませんが、駐車場として設けられている空き地はかなり広いので、参拝客はけっこう多い方だと聞きます。

 よく言えば、田舎の閑静な場所に設けられた豪華なお寺で、建物に施された装飾は見事の一言 (^^)v

 記録によれば、このお寺は、大同3年(808年)に弘法大師が諸国行脚の折に、自ら御本尊の不動明王を彫刻されたのが始りとされ、実に1200年の歴史があるそうです。

 

 以下は、昨日撮ってきた写真の一部です ( ^-^)/ ♪

 

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 これが、願成寺の本堂です。
 安土桃山時代に建立された、入母屋造の建築物ということで、県指定文化財にもなっています。
 さすがに重厚さと歴史の重みを感じます。

 ところで、このお寺の狛犬は、ちょっと変わっています。
 普通、狛犬といえば獅子の姿などをしており、お稲荷さんでは狐だったりもしますが、板橋不動尊では普通の白い犬の姿をしています。
 これは、このお寺が、安産子育ての霊験あらたかなお不動さんとして皆さんに親しまれている事の象徴であり、次のようないわれがあるそうです。

 江戸の昔、この近辺では難産の婦人が多かったために、親子共々亡くなってしまうことも少なくなく、子どもを身籠もると不幸になるというウワサが立つようになったそうです。
 そんな時に、村の名主の夢枕に雌雄の白い犬が現れ、板橋不動の使いだと名乗り、不動尊に参詣し、護摩祈祷をすれば難産の苦しみから救われると語り、その通りに祈祷して、白犬一対を奉納したところ、以後、難産で苦しむ者は一人もいなくなったということで、それからは誰言うともなく「お犬不動尊」と呼んで白い雌雄の犬を奉るようになったというものです。
 そのいわれから察するに、左側の犬は子どもを伴っていますから雌犬で、右側が雄犬だと思われます。

 これは、犬は多産でありながらお産が極めて軽いということから、昔から安産の象徴として、妊婦帯と戌の日のいわれにもなっている事に似ており、そういう古来からの言い伝えがモチーフになっているのかなと・・・ (^^ゞ

 

 しかし、このお寺の醍醐味は、なんといってもこの「三重塔」だと思います o(*^▽^*)o~♪

 

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 どうですか、この見事な装飾の施された荘厳な趣は (o^∇^o)ノ

 安永元年(1722年)に建立され、足かけ8年かかって落成した県指定文化財です。

 高さ、25.1m、三層の屋根の下側(尾垂木)にはびっしりと竜の頭が彫られており、その迫力と精巧さは「見事」という他はない。
 他にも、彩色や彫刻が施されており、この三重塔だけでも見る価値は十分にあります。

 

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 ただ、このお寺の楼門は、昨年から改修工事が行なわれており、その姿を見ることができなかったのがちょっと残念かなと・・・ (^_^ゞポリポリ

 右側の写真が、本来の楼門の姿なんですが、完成予定は平成23年度中ということで、今しばらくその姿を見ることはできないようです。
 その代わりといってはなんですが、ちょっと得難い体験をしてきましたのでご報告を・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

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 これは、楼門に安置されている仁王像です。
 左側が密迹金剛像(みつしゃくこんごう)、右側が那羅延金剛像(ならえんこんごう)という事で、それぞれ門の左右に納められているのですが、門の改修工事の間に、この象も修復されるそうで、門の改修が終わるまで専門業者の元に預けられることになっているそうです。

 今、この二つの象は、境内に設けられている休憩所の隅に白い布をかけて置かれています。
 せっかくですから、そばに寄って布の上からそっとお体を触らせて頂いてきました (;^_^A アセアセ・・・
 こんな事、普通はできませんからねぇ、本当に改修様々で、有り難い事だなと・・・(苦笑)
 布の下から覗いている大きな足が印象的でした (^_^ゞポリポリ

 

 一通り、境内を散策した後、お寺を後にしましたが、帰宅途中に雨が降り出しまして、成田に着く頃には本降りになっていました (^^;

 貴重なお参りをさせていただいたことに感謝して、今日の記事とさせていただきました ( ^-^)/ ♪

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2009年6月15日 (月)

アジサイ寺

 紫陽花寺として有名なのは、北鎌倉にある「明月院」ですが、日本には境内などにアジサイの花をたくさん植えて、アジサイの花が有名な寺院は全国各地にたくさんあるそうです。

 昨日訪れた、千葉県は多古町にある「日本寺」も、そんな中の一つですが、多古町そのものがアジサイで有名であり、日本寺が紫陽花寺と呼ばれているというわけではありません。
 しかし、参道の両側を始め、境内には8千株ものアジサイが植えられているというこの寺は、紫陽花寺と呼んでも差し支えないのではないかと私は個人的に思っています。

 

 このお寺については、昨年の記事でも取り上げたので、今日は境内に咲いていたアジサイの花を中心に紹介していきたいと思っていますので、お寺の概略などについては過去の記事をご覧ください ( ^-^)/ ♪

 

 以下は、昨日撮ってきた写真の一部です ( ^-^)/ ♪

 

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 上は、山門へと続く参道を、下は、山門の様子と、そこから本堂へと続く表参道です。

 昨年の10月には、殺風景な眺めだったこの通りですが、昨日はご覧のような賑わいで・・・(笑い)
 やはり、色とりどりのアジサイの花と、大勢の見物客が居たからだと思います。
 上の「過去の記事」をクリックして、昨年の写真と比べてみるとおもしろいんじゃないでしょうか(苦笑)

 

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 老若男女、それぞれにいろいろな思いを抱いてこのお寺に見えていました。

 カメラを構えている人は言うに及ばず、スケッチをしている人、祈願をしている人、境内は本当に賑わっていました。

 

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 ちょっと見ただけでも、様々な種類のアジサイが咲いているのがわかりましたが、その中でも珍しくてキレイだと思う花をピックアップしてみました。

 このお寺のアジサイは、比較的、青系と白系のアジサイが多いという印象を受けました。

 

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 境内でスケッチをしていたお二人です。
 私らが近づいても、我関せずでスケッチを続けていました (^^;

 

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 境内の奥にある、お稲荷さんに用いる鳥居だと思うのですが、ペンキ塗り立てといった感じで、塗料の臭いがプンプンしていました。
 こんなものを見るのは初めてなので、なんとなくワクワクしたりして・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

 以上、前回の訪問とは打って変わって、なかなか楽しめた訪問でしたよ o(*^▽^*)o~♪

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2009年6月14日 (日)

あじさい遊歩道

 成田の隣町にあたる香取郡多古町は、アジサイを町の花として積極的にPRしていて、国道296号線沿いに在る、道の駅「多古」「あじさい館」の在る「あじさい公園」を中心に、栗山川の両堤を「あじさい遊歩道」と名付けて、町民を始め、訪れる人々の憩いの場となっています。

 

20090614020  この「あじさい公園」を会場として、今日、「あじさい祭り」が行なわれる事になっていて、私もティンクと出かけようかなと、かねてから予定していたのですが、どうも今日のお天気の予報がイマイチよくないのと、会場付近の混雑が予想されるのとが気がかりで、昨日、仕事が終わってから、ティンクと二人で一日早く行ってきました。

 公園に着いた時には、すでに17時を回っており、お客さん達もほとんど帰っていたので、車も駐車場に余裕で停める事ができ、多古大橋あじさい橋の間の「あじさい遊歩道」をゆっくりと一回りしてきました (^^)v

 

 以下は、昨日撮ってきた写真の一部です ( ^-^)/ ♪

 

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 これが、「あじさい遊歩道」の概観です。
 真ん中を流れるのが栗山川で、九十九里界隈では最大の川といわれ、道の駅の施設である「あじさい館」周辺の堤に、約1.2kmにわたって一万株のアジサイを植えた事から「あじさい遊歩道」と名付けられ、1980年に誕生したそうです。

 今は時期的にアジサイの花がメインですが、春は菜の花、秋にはコスモスなどが咲き誇り、近隣の住民達や、ここを訪れる人達の目を楽しませてくれています。

 

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 堤に咲いていたアジサイたちです o(*^▽^*)o~♪

 昨日見た感じでは、7~8分咲きといった感じでしょうか。これからが見頃だという印象を受けました。
 夕暮れの乏しい光量の中で撮った写真なので、発色がイマイチですが、明るい日射しの中で見れば、緑の芝とのコントラストが見事だと思います o(*^▽^*)o

 

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 今日のあじさい祭りのために設けられた遊覧船なのでしょうか?
 通年営業しているのかもしれませんが、昨日も頻繁に出入りしているいろんな形の船を見かけました。

 

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 今日の祭りのための、リハーサルや準備をしている人達です。

 上は、フラダンスを披露するグループ、下は、船着き場のテントの後片付けをしている女性です。
 やはり、女性陣は華やかですねぇ (^◇^) 。。。ケラケラ
 祭りには女性達の明るさや華やかさは欠かせないものです (^^)v

 

 それにしても、今日の会場は、きっと賑やかなんでしょうねぇ・・・

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2009年6月 9日 (火)

下野のミニオフ

 一昨日の日曜日、栃木県は小山市内にお住まいのネッ友さん宅に、ティンクと二人でお邪魔してきました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 ネッ友さんのハンドルはフィガロさん。
 mixiのマイミクさんで、ティンクからご紹介頂きました。

 

 二人は、Nifty からの知り合いで、もう5年くらいの付き合いになるそうですが、実際にお会いするのは初めてであり、成田と小山ですから、それほど遠いというわけでもないので、お互いに会いたいねと言っていました。

 その願いがかなって、先々週の日曜日にお邪魔する事になっていたんですが、当日に私に仕事が入ってドタキャンになり、その穴埋めとして、一昨日の朝にティンクがフィガロさんにメールで当日の都合を尋ねたのですが・・・
 なかなか返事が返って来ないので、お天気もいいし、隣町の多古町にアジサイでも見に行こうかとお昼に自宅を出て車を走らせているところへ、着電が・・・ (^^ゞ

 時刻は、すでに正午を回っていましたが、これからでもよければいかがですかと・・・ ヽ(^o^)尸

 

20090609003  最初は、利根川沿いに車を走らせ、境町から国道354号線で古河市へと向かい、旧4号線で向かおうと思っていたんですが、時間も時間ですし、こうなると一秒でも惜しい・・・

 という事で、この春に開通したばかりの、圏央道の稲敷ICを使ってみる事にしました (^^)v

 

 この道路も、将来的には東関道とつながり、さらには東金を経てアクアラインと結ばれる予定です。
 成田は、決してアクセスの良い場所ではないのですが、こうして稲敷ICが開通した事により、茨城・栃木方面へのアクセスはずいぶん改善された事になります。

 

 とりあえず、国道408号線で茨城県に入り、稲敷ICを目指します。
 新しくできた道路は気持ちいいですね~ ヽ(^◇^*)/

 

20090609001 これは、阿見東IC付近から見た牛久浄苑の大仏様です。
 道路の先に、阿弥陀如来が小~さく見えていますが、これではよくわからないかな(苦笑)

 

 つくばJCTで常磐道に入り、しばし下り線を走った後、友部JCTで北関東自動車道に入ります。
 そして、東北道方面に車を走らせ、宇都宮上三川ICで高速を下り、国道4号バイパスへ・・・

 ここまで約2時間、さすがに高速は早いっす (^^)v
 しかも、料金は休日割引きでたったの千円~(爆笑)

 

 近くまで行って、ティンクに電話をかけてもらい、道案内をして頂いて無事にフィガロさん宅に到着 (^^)v

 居間に通され、フィガロさんとティンクはさっそくワインで乾杯を・・・ (*^.-^*)♪
 私には、キリンのFREEを出していただきました(笑い)

 三人とも、初対面とは思えないほど話に花が咲く・・・
 二人でワインを2本空け、私もFREEを2本・・・

 その間、猫好きの私は二匹の飼い猫と戯れる・・・ (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 

20090609002  楽しい時間はアッという間に過ぎて、時刻は20時を回る・・・
 後ろ髪を引かれる思いで、フィガさん宅を後にしました・・・
 これは、帰り際に玄関前で撮ったフィガロさんとティンクの写真です (o^∇^o)ノ

 

 帰りは、国道354号線で坂東市を通り、取手市経由で印西市に抜け、成田に戻ってきました。
 途中、ラーメン屋さんで夕食をとり、日付が変わるチョッと前にアパートに帰り着きました。

 

 急な訪問だったのですが、大量のお酒とツマミでおもてなし頂いたフィガロさんに感謝です。
 今後とも、よろしくお付きあいのほど、お願いしますね o(*^▽^*)o~♪

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2009年5月23日 (土)

岩間 愛宕神社

 先月の末の事になりますが、常磐道の岩間ICそばまで仕事で行きまして、その帰り道、「愛宕神社」という看板を見つけたので、例によってちょっと寄ってみました (^^ゞ

 岩間の「愛宕神社」は、日本三大火防神社のひとつとして有名という事で、創建が大同元年(806年)、徳一大師の開山創建と伝えられている、歴史ある神社です。

 以下は、当日に撮ってきた写真の一部です ( ^-^)/ ♪

 

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 左の写真が、走っていて見かけた「愛宕神社」の案内板です。
 こういうものを見かけると、つい寄り道してみたくなるのが最近の私の行動パターンです(笑い)

 真ん中と右側の写真が、愛宕神社まで車で登って行く途中にあった公園です。
 GW中でしたが、藤や桜の花がまだ咲いていました (*^.-^*)♪

 

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 愛宕神社の表参道となる急な石段です。
 見上げると、はるか上の方まで延々と続いていました・・・ (^^;

 「愛宕神社」の扁額が掲げられた鳥居と、「日本火防三山の一 愛宕神社」と彫られた標柱が立てられています。

 

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 石段を見て心が折れかかりましたが、来た以上は、なんとか神社を見てみたいなと、意を決して登り始めました(笑い)

 登っている途中で見かけたいくつかの石碑や祠です。
 最初の碑には「女人禁制」と、次の碑には「聖徳太子」という文字が彫られていました。
 祠には、「百石段不動」と書かれていました。石段の数を数えたわけではありませんが、本当に100段くらいはあったんじゃないかと思います。

 

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 息を切らしながら、休み休み石段を登って行った時に見かけた周囲の様子です (^_^;

 途中から、石段を避ける緩やかな道が設けられていました。でも、私はガンコなので、ここまで登ってきたからにはそのまま石段を登ろうと・・・(笑い)

 さらに登って上を見上げても、まだまだ石段は続きます (^_^;
 チョッと無謀な企てだったような気もしましたが、気を取り直して登り続け、やっと神社の屋根が見えてきました ヽ(^◇^*)/

 

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 これが、石段を登った上にある、愛宕神社の拝殿です。

 鴨居のところには大きな天狗のお面が飾ってありました。愛宕山は天狗の修行場だったという事で、次のような天狗伝説が残っています。

 昔、愛宕山が岩間山といわれていたころ、筑波山、加波山と並んで、天狗の修験道場の一つでした。
 ここに十三人の大小天狗が住み、羽団扇を持って雲にのり、大空を矢よりも早く飛び妖魔を打ち払い、厳しい修行で身につけた術によって重い病人を救ったり、天候を予知して作物の豊凶を占ったりして、人々を幸せにしていました。
 現在でも、この愛宕神社の裏手にある「飯綱神社」の裏側に「十三天狗の祠」と言われる十三個の石の祠や、天狗の修行の地と言われる石尊などが残っています。

20090523030  これにより、愛宕神社は十三天狗が守護する神社といわれ、愛宕神社の神紋は、「三巴紋」「天狗団扇紋」

 

 三巴は、水巴とも考えられ、防火の印。
 天狗団扇は、天狗の守護した神社だからといわれます。

 

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 拝殿の奥に掲げてあった天狗のお面です (^^;

 なかなかりっぱです・・・って、ナニがぁ(爆笑)

 せっかくですから、社務所から買ってきたお札です (^^)v
 なにしろ、日本で三本の指に挙げられるという「火防の神」として霊験のある神社なわけですから、台所を護って頂こうと、私とティンクの実家の分を合わせて三枚頂いてきました (^_^)V。

 

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 社務所の先に設けてある展望台のようなところから見下ろした岩間の街並みです。
 はるか彼方は太平洋でしょうか?
 この山から海岸線までは約30km・・・ 海が見えたとしても不思議ではありません。

 右側の桜の写真は、拝殿の西側に設けてある、比較的なだらかな石段を下りていった先にあった大きな駐車場の周辺に咲いていた桜です。
 桜の名前が書いてなかったのでハッキリとは申し上げられませんが、緑の葉っぱの方がソメイヨシノで、咲いている方はおそらくヤマザクラではないかと思われます。

 

 以上、ちょっと立ち寄ったワリには、収穫の大きな神社でしたよ ヽ(^◇^*)/

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2009年5月20日 (水)

寺家ふるさと村

 先々週の週末、9日の事ですが、海外からの引っ越し品を届ける仕事をしてきました。
 受け取った荷物は二軒分。1件目は10時に町田市に、そして2件目は17時に横浜市の青葉区に・・・です (^^;

 

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 上の地図で見るとおわかりのように、この二つの場所は自治体こそ違え、目と鼻の先にあります。移動時間だって30分もあれば十分に着ける距離なわけで、という事は1件目の町田の納品を終えてから、2件目の青葉区の指定時間までは7時間近くもあるわけですよ (^^;
 その間、どうやって時間を潰そうかなと・・・ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

 最初、すぐそばにある「子どもの国」に行こうと思っていたんですよ。でも、ネットで調べると、入園料が600円、駐車料金が900円もかかるというんで断念しました。
 ただの時間つぶしのために1500円というのはチョッとねぇ (^^;

 で、チャットで近くに安く利用できるおすすめのスポットがないか聞いてみると、地元のみけさんから「寺家ふるさと村」はどうですかというお返事が・・・ (o^∇^o)ノ
 そこなら駐車料金は無料じゃないかという事で、さっそく向かってみました。

 

20090520001 「寺家ふるさと村(じけふるさとむら)」は、横浜市青葉区寺家町にある「横浜ふるさと村」のひとつで、寺家ふるさと村四季の家管理運営委員会が横浜市からの委託を受け、管理しているそうです。

 昔ながらの田園風景が色濃く残っているところで、水田と雑木林が織りなす景観に恵まれた地域という事で、地元の人達の憩いの場となっているようです。

 実際にこの日も、親子連れとか写生を楽しむグループとかをたくさん見かけました。

 私は、水車小屋の近くに車を停め、むじな池の辺りから入ってふるさとの森周辺をゆっくりと散策してきました o(*^▽^*)o~♪

 

 以下は、その日に撮ってきた写真の一部です ( ^-^)/ ♪

 

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 ふるさと村への入口となる交差点です。私はここを左折して、四季の家から水車小屋の方へと車を走らせました。
 ご覧のように、田んぼや森などが目の前に大きく広がっていて、自然溢れる魅力的な場所でした (^_^)V。
 横浜市とはいっても、青葉区とか緑区とか、いかにも自然が残っていそうな地名というのは、それだけ田舎だという事を物語っています(苦笑)
 成田くんだりに住んでいる私なんかに田舎呼ばわりされたくはないと思いますが、そういえば、千葉市にも緑区とか若葉区とかいう地名がありますが、こちらもかなりの田舎ですよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 

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 ここは、都会の近くでホタルを見る事ができる有名な場所だそうで、来月辺りにはホタル見物の人達も集まってくるのかな。
 水路でザリガニなどの小動物を、バケツと網を持って獲っていた親子連れです。

 

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 むじな池の手前に咲いていた菖蒲の花です。奥に見えているのは蓮の花です。
 池では、けっこう大きな亀が何匹も泳いでいました(笑い)

 

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 むじな池から大池の方に登っていく道です。ご覧のようにけっこう本格的な山道ですが、初心者でも歩きやすいように整備されています。

 

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 熊野池です。ここは釣り堀になっていて、たくさんの太公望が集っていました。
 ここでは用具のレンタルも行なっていますから、着の身着のままでやって来ても釣りを楽しむ事ができます (^^)v

 

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 熊野池のそばにあった熊野神社です。石段は延々と70段。登るのはけっこうしんどかったです (^^ゞ
 神社の周辺でも、写生をしている人達がたくさん居ました。

 

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20090520028  ふるさとの森の入口で写生をしている人達です。

 一通り散策を済ませた私は、一度車に戻り、お弁当を持ってここからもう一度森の中に入っていきました・・・

 写真は、私がお弁当を食べた森の中の休憩施設です。
 食後は、このベンチに横たわってしばらく昼寝・・・ (^^)v
 爽やかな風が心地よくて、30分くらいは寝てたかな(笑い)

 

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 オマケの写真です (^_^ゞポリポリ
 神社のそばからむじな池方面へと登っていく山道です。この辺りは石畳でりっぱな道になっていますが、少し登ると先の写真のような階段状の狭い山道になります (^^;

 むじな池のそばにある梅林です。ここでも写生の方を見かけました。

 私がお弁当を食べた近くで見かけたカップルです。男性はアコースティックギターを持って来ていて、彼女に歌を聴かせていたところです(苦笑)
 こんなところまで生ギターを提げて持ってくるその努力に脱帽・・・ m(_ _;)m

 

 いい場所を教えて頂いたので、けっこう長い時間でしたが退屈せずに過ごす事ができましたよ (^◇^) 。。。ケラケラ

 それにしても、普段から車ばっかり乗って歩く事が少ないので、チョッと歩いただけで息が切れてしまって・・・ (;^_^A アセアセ・・・
 タマには、こういう「運動」も身体のためにはいいのかな(爆笑)

 お天気も申し分なく、楽しい一時でした。
 みけさん、いい場所をご紹介いただきありがとうございました o(*^▽^*)o~♪

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2009年5月18日 (月)

原宿トンネル

 神奈川県を走る国道1号線は、交通の大動脈としてその重要性は非常に高い。
 そのために、交通量もハンパではない。したがって、あちこちで渋滞が起き、その経済的損失は計り知れない・・・

 国道1号線が、横浜から藤沢を通って茅ヶ崎方面に抜ける途中、渋滞のメッカと呼ばれるポイントは「戸塚警察署前」「吹上」「影取町」など何カ所もあるが、中でも有名なのが「原宿交差点」です。
 原宿といっても、渋谷の原宿ではありません(苦笑)
 渋谷の原宿も車で通るには難儀する場所ですが、この国道1号線にある原宿交差点は年がら年中、それも時間帯には関係なく混み合っている事が多く、神奈川県内でもワーストワンの渋滞ポイントとして挙げられ、通過するにはけっこう時間のかかるところです。

 

 この、悪名高き「原宿交差点」の渋滞緩和を目的に、立体交差の案が浮上し、トンネルを造る事によって国道1号線の流れをスムースにしようと何年か前から工事を行なって来ました。
 その「原宿トンネル」が、東京方面に向かう上り線だけですが、4月4日から共用が開始されました ヽ(^o^)尸
 といっても、この上り線として共用が開始された原宿トンネルですが、本来は下り線用として作られたものですが、おそらく下り線よりも上り線のほうが交通量が多いというか、上り線の方を重要視したために、暫定的に上り線として使っての開通です。
 本来の上り線用の原宿トンネルは、今現在も工事中で、全線が計画通り開通するのは平成22年度を予定しているそうです。
 したがって、本来の上り線用のトンネルが開通すれば、今のトンネルは下り線となりますから、それまでは二度と走る事のできない「トンネルの逆走」を体験できるという事で(笑い)

 

 以下に、仕事の帰り道、走りながら撮った原宿トンネルの写真をアップしてみました。

 

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 藤沢方面から原宿交差点に向かう、国道1号線の様子です。
 いつもなら、藤沢バイパス方面から次第にスピードが落ち、釣具屋の上州屋から安売り店のドン・キホーテ辺りでは動かなくなるほど渋滞している事が少なくないんですが、ご覧の通りスムースに流れています ヽ(^o^)尸

 

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 ドン・キホーテの店の辺りから、トンネル方面と従来の交差点方面へと、道が二つに分かれています。
 交差点に向かう側道と、トンネルへ向かう本線との間には、上り線のトンネル工事をしている工事現場がフェンスで仕切られて見えます。全線開通の暁には、この本線は下り線の本線に姿を変える事になります。

 

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 これら一連の写真が、新しく開通した原宿トンネルの様子です (^^)v
 片側2車線、内部もしっかりとした道路になっています。

 

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 トンネルを抜けたところです。非常にスムースに原宿交差点を通り過ぎてしまいました。
 反対車線は相変わらず混んでいますから、このトンネルの利用価値は想像以上のモノがあります ヽ(^◇^*)/

 

 

 ついでながら、大船方面から原宿交差点に向かって走ってきて、従来通りに交差点を右折し、トンネルを抜けてきた本線に合流する写真もアップしてみました。合わせてご覧下さい ( ^-^)/ ♪

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 交差点を信号に従って右折して、本線に合流する側道に入ったところです。
 右側には工事箇所と側道とを隔てるフェンスが延々と設けられています。

 

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 側道から本線へと合流し、横浜方面に向かう様子です。
 反対車線は、ご覧のように大渋滞しています (^^;

 

 個人的には、納品先へと向かう下り線の方が重要なので、今回開通させるのなら下り線を優先してほしかったのですが、一般的には、やはり上り線の方が重要だという声の方が多かったのかな(笑い)

 しかし、暫定的にしろ、このトンネルが開通したおかげで、国道1号線の上り線の渋滞は解消・・・とまではいかなくても、明らかにスムースに流れている車の流れを実感する事ができました。

 こうなると、一日も早く、上り線を含めた原宿トンネルの全線開通が待たれるところです。
 なにしろ、ここは私も仕事で非常によく通る場所だからです (^_^ゞポリポリ

 今日も、平塚まで仕事で行く予定なので、帰りにはこの原宿トンネルのお世話になると思います (^^)v

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2009年5月 8日 (金)

会津帰省記 09GW編 その3

 帰省3日目となる、5日の顛末記です (^^ゞ

 

 ゆっくりと7時くらいに起き出して、8時くらいに1階にある食堂で朝食をとりました。
 朝食は、ホテルのサービスとなりますが、無料とは思えない充実したもので、幕の内のお弁当風の入れ物に焼き魚とかハンバーグとかのおかずがいろいろと入っており、そこにご飯とお味噌汁が付いています。
 他に、お茶とお水の二つのカップが付いていて、これだけでも朝食としては豪華なものですが、他にもロールパンやコーヒーなども置いてあり、セルフで自由にとって食べる事ができます ヽ(^o^)尸
 パンはお腹がいっぱいで食べれませんでしたが、食後にコーヒーは頂いてきました (^^)v

 

 部屋に戻って、チェックアウトまでの1時間ちょっとをゆっくり過ごそうかなと・・・
 部屋にはLAN端子が付いており、持っていったノートPCをつないでちょっと巡回を・・・ (^_^ゞポリポリ
 最近のホテルは、こういう風にネットの設備が当たり前のように備わっているのでありがたいですね (*^.-^*)♪
 二日ぶりにブログを確認し、コメントを頂いた方にマトコメではありますが一応お返事を返しておきました (^^ゞ

 

 10時にチェックアウトを済ませ、駐車場から車をスタートさせます。

 まず、スーパーに行ってお土産などを買い込む事にしました(苦笑)
 寄ったのは地元では有名なヨークベニマルというスーパーです。
 お土産やお気に入りの味噌を買い込んで、あらためて成田に向けて出発です。

 とりあえずは、普通に国道121号線で南に向かいます。

 途中、給油の警告灯が点いたので、ガソリンスタンドに寄って満タンにし、さらに南に向かいます。会津でのレギュラーガソリンの価格は、リッター121円、関東とは10円以上違い、さすがに高いなと (^^;

 下郷からは、前回も通った甲子道路を使って白河に抜けました。昨年までは、羽鳥湖から白河に向かっていたのですが、甲子道路が開通したので、今年からは羽鳥湖を回るよりもはるかに楽に白河に向かうことができるようになりました (o^∇^o)ノ

 

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 途中、先月の下旬にオープンしたばかりの「道の駅しもごう」に、休憩を兼ねて立ち寄ってみました。
 オープンしたばかりということもありますが、やはりGWだったからなのでしょうか、お客さんがいっぱいで、特に土産物店の中は身動きもできないくらいでしたよ (^^;

 

 再び走り出し、甲子トンネルを抜けて白河方面に出、途中見かけた美味しそうなラーメン屋に立ち寄って昼食を済ませます。
 このラーメン屋さんは当たりでした ヽ(^◇^*)/
 私は味噌タンメン、ティンクがチャーシューメンを食べたんですが、味噌のスープもしょう油のスープも素晴らしい味でしたよ (^^)v
 さらに言えば、ここのチャーシューがまたうまい(笑い)
 お店の中が混んでいたのは、GWだったからというだけではなさそうです。これだけのラーメンを提供できれば、当然のように大勢の常連さんが付くでしょうね。

 

 お店を出たのが13時くらい。国道289号線から294号線に入り、栃木県の県境を越えて、那須町、大田原市、那珂川町、那須烏山市と走り抜けて、市貝町にある「芝ざくら公園」にちょっと寄ってみました。

 ここは、1年ほど前にも仕事の帰りに立ち寄ったことがあるのですが、その時には時期を過ぎていて、花を楽しむことはできなかったので、今年リベンジの機会をうかがっていたんですが、4月はあいにくと栃木方面への仕事が無くて、もしかしたらまだ間に合うかなという感じで、どうせ通り道ですからついでに寄ってみました。

 

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 しかし、昨年ほどではありませんが、やはり時期は過ぎてしまっていて、特に赤は完全に葉っぱだけになっていました (^^;
 辛うじて、ピンクや白の花がまだ咲いていたので、ご覧の感じの写真になりました。
 ただ、カメラを車の中に置き忘れてしまって、携帯のカメラで間に合わせたので、ピントとか甘いのはご勘弁ください (^_^ゞポリポリ

 

 芝ざくら公園を出たのが15時過ぎです。
 あとは、国道294号線に出てひたすら南下して、茨城県に入り、つくば市で国道408号線に出て、そのまま成田市へと戻ってきました (^^)v

 途中、16時頃から雨が落ち始め、成田に近づくにつれて雨脚は強くなってきましたが、運転しづらいというほどでもなかったので助かりました。
 自宅の近所のバーミヤンに寄って夕食を済ませたのが19時過ぎくらいでした。

 

 帰りの総走行距離は270キロくらい。約9時間弱のドライブでした。
 もちろん、帰り道でも渋滞などという無粋なことばとは無縁の快適ドライブでしたよ(笑い)

 

 以上、私の3日間の会津帰省日記です (^_^ゞポリポリ
 ティンクへのサービスという意味合いもありますが、私にしては、けっこう盛りだくさんの観光地巡りと思い出を残せたドライブでした(笑い)

 実家から土産にともらってきた笹巻・・・ 来年も食べられますように・・・ (^人^)

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2009年5月 7日 (木)

会津帰省記 09GW編 その2

 昨日に続いて、帰省の顛末記、その2です (^_^ゞポリポリ

 

 4日の朝は、ティンクは6時くらいには起き出したようですが、私はゆっくりと7時前くらいまで寝ていました (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 起きがけのお茶を飲んで目を覚ましましたが、朝ご飯は食欲が無かったので、汁だけを食べて済ませました。 

 その後、9時くらいにティンクを交えて、両親と四人で我が家のお墓参りに行ってきました。
 私自身も久しぶりの墓参りです (^_^ゞポリポリ
 お寺は車で五分ほどのところに在るのですが、お墓は山肌に点在するように設けられているので、年寄りにはお墓参りはキツイと思います (^^;
 足下も急坂で危ういし・・・

 

 夕方には、会津若松の旧友達と飲み会があるので、市内観光を兼ねて10時過ぎには実家を後にしました。
 半年ぶりの実家だというのに、今年も滞在時間はわずかなモノです (^.^; ポリポリ

 で、村から国道401号を使って峠を越え、会津美里町(旧会津高田町)を経て、会津若松市のはずれにある「飯盛山」に向かいました。
 「飯盛山」は、戊辰戦争の悲劇の象徴といわれる、白虎隊の自刃の地であり、彼等の墓が設けられている会津を代表する観光スポットの一つです。
 会津で生まれ育った私ですが、飯盛山を訪れるのは小学校かなんかの遠足で来て以来ですから、前回の訪問からは、少なくても30年以上は経っていると思います (^_^ゞポリポリ

 

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 飯森山の入口の光景です。観光地の入口なんて、どこも似たようなものですね(笑い)

 「山」と付いていることからもおわかりのように、飯盛山の中腹にお墓があります。そこまでは約180段の階段を登っていくのですが、30年くらい前でしょうか、階段の右脇にベルトコンベア式のスロープが設けられて、お年寄りの方などはずっと楽に観光ができるようになりました (^^)v
 作られた当初は「自分の足で階段を登ってこそで、楽をしてどうのこうの・・・」とか、「わざわざこんなモノにお金を払ってまで乗る人が居るはずがない」等と、地元民からの批判も少なくなかったのですが、やはりこれは便利だと思いますよ(笑い)

 

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 料金は250円、江ノ島の「エスカー」はエスカレーター方式ですが、この飯盛山の「スロープコンベア」はベルトコンベア方式の動く歩道です。

 私らは、階段を登るのを最初から敬遠して、このスロープコンベアで登っていきました (^^ゞ
 写真は、登っていく途中で撮ったもので、白虎隊記念館と呼ばれる資料館です。

 

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 これが、自刃して果てた19名の白虎隊士を祀ったお墓です。階段を登った正面に設けられています。
 ここは、観光客の手向けるお線香の煙が一年中絶えることはないところです。

 

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 これは、白虎隊士の自刃の地と呼ばれている場所から臨んだ会津城(鶴ヶ城)です。
 小さくてすぐにはそれとわからないかもしれませんが、市街地の真ん中にこんもりと繁る緑の中にそびえています。
 ただ、この場所からみると、ちょうどお城の位置に赤と白のポールが立っていて、はっきりいって邪魔です (^^;
 このポール、アンテナなのか、避雷針の類なのかはよくわかりませんが、偶然にお城と飯盛山との間に立っているようです。確かに目印にはなると思いますが、こうして写真を撮るには邪魔でしかありませんよね (^^;

 右の写真は、階段を避けて、坂道で下に下りる時に撮ったものです。
 階段やスロープコンベア、市街地などの様子が見て取れます。

 

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 これは、お墓の周辺で見かけた女性達です。

 左側は、観光客を相手にいろいろと説明をしてくれているガイドの女性です。
 右側は、おそらく剣舞かなにかを披露する女性だと思われます。

 女性のこういう姿って、凛々しく見えていいですね (^_^ゞポリポリ

 

20090507013  飯盛山での観光を一通り終えて、車を停めさせて頂いた土産物屋に戻り、そこの食堂で二人で食べた「喜多方ラーメン」です。

 「喜多方ラーメン」ということばだけが一人歩きをしてしまっていますが、決してこれが喜多方ラーメンだというような明確な味とかレシピとかがあるわけではありません。お店によって味も盛りつけも違いますから、食べたお店によって喜多方ラーメンの評価は大きく変わってしまうと思います (^^;
 「札幌ラーメン」と一口に言っても、その実態はお店によって千差万別なのと基本的には同じ事です。

 私は、「喜多方ラーメン」と銘打ったラーメンを初めて食べてみました(笑い)
 このお店で出している「喜多方ラーメン」は、しょう油ベースのさっぱりとしたもので、なかなか美味しかったです。ラーメン専門店ならまだしも、こんな土産物屋の食堂で食べるラーメンにしては秀逸な一品だと思います。
 駐車場で誘導してくれた男性従業員のおっしゃった通り、チャーシューは柔らかくて絶品でした。

 写真をご覧になればおわかりのように、会津のラーメンは、太くて縮れていない麺が特徴です (^^)v

 

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 飯盛山を後にして、次に向かったのが、会津を紹介するガイドブックには必ずといっていいほど載っている、味噌田楽の「満田屋」です。
 もともとはお味噌の製造販売を行なっていた老舗であり、現在もお店の隣に「会津天宝醸造」の建物があります。
 昭和30年代に、お味噌の製造を主に行なう「会津天宝醸造」と、お味噌関連の商品の販売を主に行なう「満田屋」とに分かれて現在に至りますが、始めは一つの会社だったという事です。

 ちなみに、私の愛する「会津天宝白虎みそ」は、ここで作られています (^^)v
 このお味噌を食べるようになって30年くらいになりますかね(笑い)
 例によって、今回もスーパーから1kg入りの袋を5袋買ってきました (^^)v

 

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 それはともかく、このお店の田楽は他とは明らかにモノが違います。会津若松市内にも周辺にも味噌田楽を売りにしているお店はいくつもありますが、ここで食べる味噌田楽はひと味もふた味も違いますから、一度食べたら他ではもう食べられません(笑い)

 普段でも店内は混み合いますが、この日は連休中ということもあり、待ち時間はおよそ1時間 (^^;
 普段なら並んでまでモノを食べたいとは思わない私ですが、どうしてもティンクにここの味噌田楽を食べさせたくて並んで食べてきました(爆笑)

 ティンクが飲んだビールですが、ラベルが特別だったので思わずパチリと (^_^ゞポリポリ
 明治政府の命令で取り壊された鶴ヶ城が、今の姿で再建されたのが昭和40年のことで、50周年というと2015年の事になりますが、何かイベントでも企画されているんでしょうか (?。?)
 写真には、突き出しで出された味噌漬けが写っていますが、これがまたうまいのなんのって(爆笑)
 やっぱ、お味噌のメーカーが自ら漬けているからなんでしょうね、こんな漬け物があったらご飯は何杯でもいけちゃいますよ o(*^▽^*)o

 

 この後、ホテルにチェックインして、19時から神明通りにあるお店で旧友達と酒宴を開いたんですが、高校卒業以来の再会となる珍しい同級生も同席してくれて、とても楽しい座になりました o(*^▽^*)o~♪

 その後は、お決まりのカラオケでひとしきり盛り上がり、23時くらいにお開きとなりました。
 私のためにいつも集まってくれるありがたい友人達に感謝です ( ^-^)/ ♪

 彼等も、このブログの読者ということで、会津若松に住んでいる彼等とはずいぶん離れて暮らしていますが、ここの記事を毎日読むことによって私の動向はよくわかるそうなので、言うなれば、このブログは、私の彼等に宛てた「生存報告」ですかね (^◇^) ヒャッヒャッヒャ・・・

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2009年5月 6日 (水)

会津帰省記 09GW編 その1

 故郷の雪も溶けたことですし、例年のごとく、このGWも会津の実家に帰省してまいりました (^_^ゞポリポリ

 ただ、今年のGWはいつもとは違って、ティンクと一緒に二人での帰省となります。
 ティンクは、昨年のお盆と11月の2度、私の実家に来てくれていますので、今回で3度目の訪問となりますが、GWは初めてになります。
 過去の2度の帰省で、私の父母ともすでに親しくなってくれていますので、今回の帰省でも最初からうち解けてくれてくれていたのでありがたい事だなと・・・ (^^ゞ

 今回の帰省は、3日・4日・5日の3日間で決行してまいりました(笑い)
 その顛末を、順に語ってみようかなと (^_^ゞポリポリ

 

 3日の朝は5時に起き、簡単に身支度を整え、ネッ友さんの部屋をザッと巡回して7時に自宅を後にしました。

 会津へのルートですが、いつものように高速道路などは一切使わずに、ひたすら空いている一般道を選択して向かいました。
 ラジオの交通情報などでは、各地で大渋滞をしているようなことを伝えてくれていましたが、私の選択したルートでは、全く渋滞は無く、とても快適にドライブを楽しめましたよ(笑い)

 主なルートは、我孫子市の栄橋を渡って利根川を越え、茨城県の利根町~竜ヶ崎市~牛久市と抜けてつくば市に入り、そこから桜川市(旧真壁町・旧大和村・旧岩瀬町)を経て栃木県の益子町に入ります。
 茨城県と栃木県との県境を越えてすぐのところに在る「本沼パーキング」でトイレ休憩を兼ねて一服し、さらに北上します。この辺りで10時を少し回っていました (^^)v

 益子の市街地は、こういう連休には焼き物を求める観光客が大挙して押し寄せてくるのを知っていますから、ここから矢板ICのところまではマトモな道は一切走らず、ひたすら裏道を走りついで走り抜けます (^^;

 矢板ICの付近からは、県道30号線で那須塩原市の関谷に抜け、ここからは国道400号線で塩原温泉郷を経て日光市の上三依で国道121号線に入ります。
 上三依に入ったところで、昨年のお盆に寄った美味しい蕎麦屋で昼食をとりました (^^)v
 私は温かなきのこそばを、ティンクはざるそばを注文、あとは岩魚の塩焼きを注文して一尾ずつ二人で食べました。
 ここで13時を回ったくらいです。

 14時少し前くらいにお店を出て再び走り出しました。
 あとは、一本道をひたすら北上するだけです。山王トンネルで福島との県境を越え、南会津町に至ります。

 15時くらいには、南会津町の田島付近を過ぎました。
 ここで当初の予定を大きく変更し、翌日に回る予定だった下郷町の大内宿に立ち寄って、土産物屋から「じゅうねん味噌」を購入してきました。
 この、じゅうねん味噌はティンクのお気に入りで、会津に行った際にはぜひまた買ってきたいと言うので、ついでだからちょっと寄り道して買ってきました。
 ただ、休日の大内宿はとても混み合います。この日も「大内宿から渋滞7.5キロ」という表示を見かけたので、表の正規のルートからではなく、裏からズルをしてイッキに駐車場付近まで乗り入れ、そこに一旦車を停めて徒歩で土産物屋に向かいました (^^)v
 観光ではなく、単にそこで売っている土産物を買うだけなので、渋滞に並ぶような悠長なことはしていられませんから(苦笑)

 

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 写真は、駐車場に向かう観光客の車の長い列を撮ってみました (^^;

 右の写真は、正規のルートで混み合う右側の道路と、抜け道が合流する辺りを撮ってみました。
 この車の列の先に大内宿の有料駐車場があります。

 

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 これは、駐車場に入るのを待ちきれずに、途中の路肩に停めてあった車の中の一台ですが、ロータススポーツです (^^;
 こんな車でこんな場所に乗り付けて、なおかつ屋根をオープン状態で無造作に路駐していける大胆なお方に脱帽です (〃⌒∇⌒)ゞ ♪

 また、右は当日の大内宿の様子です。凄い混みようでしたよ (^^;

 

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 この後、大内宿から私の実家に向かう途中、芝桜が咲いている場所を見かけたので、ちょっと寄り道してみました(苦笑)

 それほど広い場所ではありませんが、周囲の施設もよく手入れされていて、なかなか感じのいい場所でした。

 ちなみに、ティンクの特別出演でアップして見ました(爆笑)

 

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 さらに、同じ下郷町の桑取火(くわとび)地区に、カタクリの群生地があって、カタクリ祭りを行なっているというのぼりを見かけたので、こちらもついでだからと足を運んでみました (^^;

 ただ、すでに盛りの時期を過ぎてしまったそうで、カタクリの花はほとんど見かけることはなかったのが残念だったなと (^^;

 

 などと、無計画にあちこち寄り道しながらの帰省でして、最終的に実家にたどり着いたのが17時前となりました (^^;

 居間に上がると、私らの到着を待ちきれなかった妹夫婦が、すでに父とお酒を酌み交わしていました(笑い)
 しばし、妹夫婦を交えた酒宴で盛り上がりましたが、多少疲れていたこともあって、20時過ぎには床につきました (^_^ゞポリポリ

 

 以上、帰省初日の様子です ( ^-^)/ ♪

 総走行距離は、約300キロ。約10時間近い、の~んびりとしたドライブでした o(*^▽^*)o~♪

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2009年4月20日 (月)

牛島の藤

 昨日、彩の国にあるティンクの実家に行って来ました。

 その帰り道、せっかくですから、どこかに寄り道していくことにしました。
 急に思い立ったので、どこに行こうかいろいろと検討してみましたが、午後から行ける範囲となると、ある程度限られてきます。そこで思い出したのが、春日部市にある「牛島の藤」です。

 

 昨日、ネッ友さんである、すが太郎さんが、庭にある藤の花が満開という記事を書かれていて、名古屋方面ではもう藤の花が咲いていることを知りました。
 でも、関東では今シーズンはまだ藤の花を見かけた記憶がないので、咲いているかどうかの確認の意味もあり、ちょっと寄ってみることにしました。

 

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 「牛島の藤」は、この界隈ではかなり有名な藤の名所です。
 推定樹齢は1200年ともいわれ、国の天然記念物に指定されている保存木です。
 上の写真は、「藤花園」のHPからお借りしたもので、満開の時の藤棚を写したもののようです。

 

20090420011  この藤の木がある「藤花園」は、敷地約2ヘクタール。それほど広くはないので、観光地と呼ぶにはちょっと大げさかな。
 個人の私有地を一般に開放しているような感じで、付近に案内板のような類は一切見かけませんでした (^^;

 

 専用の駐車場も、園の脇に身障者専用のものが設けてあるだけで、一般用のものは無く、200mほど離れた所にある「パーラーさくらんぼ」というパチンコ店の駐車場がこの園と共同で用意されています (^^;
 という事は、もしかして、この藤花園とパチンコ店は同じ経営者なのかしら(笑い)

 

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 これが入園券で、大人は千円。満開の頃に行けばそれほど高いとは思わないかもしれないけど、今年は一昨日の土曜日に開園したばかりということで、盛りにはいまいちほど遠い開花状況でした (^^;

 

 以下は、昨日撮ってきた写真の一部です。

 

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 今はまだ咲き始めということですが、盛りの時期には、花房は最も長いもので2m以上にもなるといいます。

 見頃は、毎年4月下旬から5月上旬頃だそうです。
 この園内の藤も、これから見事な眺めを見せてくれることでしょうね o(*^▽^*)o~♪

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2009年4月18日 (土)

富士山ナンバー

20090418001_2  昨年の11月から交付が始まった「富士山ナンバー」ですが、昨日、伊豆の下田駅前で初めてその姿を見ました(笑い)

 これはレンタカーなので、別に番号を隠さなくてもいいかということでそのままアップしましたが、「96」という番号が笑えますね (^^;
 どうせなら「69」だともっとおもしろかったのに・・・
 (。_°☆\(- - )

 

 普通、ナンバープレートで人気の番号というと、「1」「7」、あるいは「777」など、全国どこに行ってもそれほど変わらないと思うけど、こと「富士山ナンバー」だけは事情が違います。
 なぜなら、一番人気は「3776」という事で、次が「223」だそうです。

 そうでしょうねぇ、富士山ナンバーというからには、番号は「3776」でなければ意味がないというか、「3776」だからこその富士山ナンバーともいえるわけで(笑い)

 数字だけをちょっと見ても、なぜこの番号が人気なのかすぐにはおわかりにならないかもしれませんが、「3776」というのは富士山の標高であり、「223」というのは、富士山と読めるからといいますから、そういわれてみればなるほどと納得する方も多いと思います。

 あるいは、「富士は日本一の山」なんていわれていますから、「1」というのもいいかもしれませんね(笑い)

 

 ただ、富士山ナンバーで特筆すべきなのは、複数の運輸支局をまたいだナンバー交付という事で、山梨運輸支局と静岡運輸支局の沼津自動車検査登録事務所の二つの管轄区で交付されることになったそうです。もちろん、これは全国でも初めてのケースです。
 普通、ナンバープレートを見れば、どこの県から来た車なのかが一目瞭然だったワケですが、「富士山ナンバー」に限っては、静岡県の車なのか、山梨県の車なのか、判断はつきかねるということになります (^^;

 静岡県は広いので、「富士山」の他にも「静岡」「沼津」「浜松」「伊豆」というナンバープレートがありまして、その数は全部で五つ。

 

20090418002  これも、昨日熱海市内で見かけた「伊豆ナンバー」で、ついでに撮ってみました。
 交付開始は平成18年といいますから、同じご当地ナンバーでも「富士山ナンバー」よりもずっと早いお目見えでした。

 

 蛇足ですが、私の愛車も、新設された「成田」というご当地ナンバーを付けて走っています (^_^ゞポリポリ
 それまでは「千葉」だったのですが、昨年買い換えた愛車に付いてきたナンバーは「成田」でした(笑い)
 個人的な好みでは「千葉」よりも「成田」ナンバーの方に断然思い入れがありますね (^^)v

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2009年4月16日 (木)

長寿水

20090416001 20090416002

 これは、成田市の空港にほど近い、川栗という地区にある、「長寿水」と名付けられた湧水です。

 特にいわれとかはないと思うのですが、県下でも名水として有名なようで、ここにはよく車で水を汲みに来る人達が後を絶ちません。
 この湧水の前の道は、抜け道として私もよく使うのですが、ペットボトルとか、ポリタンクとか、そういう容れ物を用意してこの湧水を詰めて持ち帰る人をよく見かけます。

 しかし、この湧水、本当に皆が言うように美味しい水なのだろうか・・・ (^^;
 というよりも、この湧水は、飲料水として安全が保証されている水なのだろうか・・・ というのが、今日の記事の趣旨です。

 

 たたずまいから察するに、古くからある湧水のようなので、地元の人達は昔からこの湧水を重用してきたのだと思われます。
 このように整備さ